2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

« 腰痛情報 | トップページ | にゃんこ にゃんにゃんこ にゃんこ♪ »

2008年9月 9日 (火)

君の心は星屑の彼方(銀河英雄伝説 二次創作ショート・ショート)

君の心は星屑の彼方

君の心は星屑の彼方

新帝国暦1年、9月。大本営のフェザーン移転が発表され、移転に先駆けて宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤーが帝都オーディンの地を発っていた。残された諸将も半月の後には帝都を進発する手はずとなっていたため、皆、多忙を極めていた。したがって、新帝国の重鎮中の重鎮でもある帝都防衛司令官ウルリッヒ・ケスラーが、この夜、この道を通りかかったのは、本当にたまたまとしか言いようがなかった。ケスラーは防衛司令官として当面、帝都への残留が決まっていた。とはいえ彼も多忙の身に変わりはなかった。皇帝ラインハルトがこの地を発つとの布告は帝国臣民に少なからぬ動揺を与え、わずかではあるものの、繁華街、裏通り、旧貧民街の治安が悪化していたのである。ケスラーは本来の職務を終えた後、良からぬ騒動の火種が燻ってはいまいかと、帰宅途上で繁華街を通り抜けることにした。真夏の熱気の覚めやらぬ一日であったにもかかわらず、星の瞬く時間ともなると、空は冴え、秋の空気が制空権を握っていた。夏用軍服に身を包んだケスラーは、衣服の隙間から入り込む秋の風に肌寒さを覚え、足取りを速めた。
「おお、見事な星空だな」
繁華街から一本裏の通りに出ると、真昼と見まごうようなネオンが消え、驚くほどの闇と夜空が広がる。人通りも急に絶え、未だ埋めることのできない富の格差を感じさせる、寂れた酒場街であった。表のバーやスナックで酒宴を楽しめる平民は、まだごく一部に限られているのである。ちらほらと動く人影はどれも、表のバーでの酔いを醒ましに避難してきた若者たちのようであった。
「なるほど。酔い覚ましにもってこいの場所だ」
ケスラーはもう一度夜空を見上げ、再び視線を路上へと落とした。すると、古びた酒場の壁に寄りかかり、座り込んだまま動かない人影を発見した。おそらく酔いつぶれて寝てしまったのであろう。ちょうど店の看板の陰になっていたため、見落としていたようだ。ケスラーはその人物に安全に帰宅してもらうべく、職務質問を行うことにした。
「失礼、卿の名と……」
ケスラーの言葉はそこで切れた。まず、相手は眠り込んでいるであろうと思っていたのに、目を開いていたことも予想外であった。しかし、もっと予想外であった事実が、彼の口を封じたのだ。
「ケスラー上級大将か」
人影は緩慢な動きで顔をこちらに向けた。首の後ろまで伸びた薄茶色と半白の髪。青白い顔にこけた頬。
「ぐ、軍務尚書閣下……!?」
声からもそれと明確に分かるはずなのに、ケスラーは疑問系のままその男の職責を口にした。それは妙に緩慢だった動きと、誰を見つめているわけでもない虚ろな視線が、日ごろの彼とはあまりにもかけ離れていたからである。それでもケスラーは半瞬の後、自らの目的を思い出すことに成功した。
「オーベルシュタイン元帥、このような場所で何をされているのですか」
オーベルシュタインはケスラーの質問に答えるでもなく、空を見上げた。帝都ではそう見ることのできない満天の星空であった。星明りの下、彼の顔は本来のそれよりもいっそう青白く見え、ケスラーは何か名状しがたい心もちにさせられた。やがて、オーベルシュタインは小さく答えた。
「見ての通りだ」
視線はやはり、ケスラーには向けられない。
「見ての通りとおっしゃられましても、小官には理解いたしかねます」
表情を変えない相手を見つめるうちに、ケスラーはふと、もう数十年も昔のオーベルシュタインの姿を思い出した。ケスラーとオーベルシュタインは、かつて士官学校の同級生であった。二人ともそこそこに優秀であり、得意分野が異なっていたため激しく競い合った記憶こそないが、少なくともケスラーはライバルとしてオーベルシュタインに闘志を燃やした時期もあった。その頃も彼、オーベルシュタインは、好んで書物やコンピュータ画面に向き合う物静かな少年だった。あまり徒党を組んで遊びたがらない性格ゆえに、同期の間からは敬遠されていた。その頃の、まだ少し頼りなげな、しかしどこか冷めた印象の彼に、目の前の彼は近いような気がした。
「星が、なぜずっと同じ場所で輝いているのか、考えていた」
ケスラーの回想は、回想相手の言葉によって遮られた。
「なぜ、自身を激しく燃やさなければならぬのか、そこまでして光を放つことに、なぜ固執するのか、星に尋ねていたところなのだ」
オーベルシュタインの回答は、やはりおよそ彼らしくなかった。ぼんやりと空を見上げ、彼の声は常よりも極端に抑揚がなかった。それも、抑えられたわけではなく、抑揚をつけることさえを忘れてしまったかのようであったのだ。
「元帥、酔っておいでか」
内心の動揺をどうにか押し隠して、ケスラーは同年の元帥に尋ねた。
「ああ、酔っているのかもしれぬな。しかし卿に面倒をかけるつもりはない」
そう言い放つ彼は、いつもの歯に衣着せぬ容赦のない彼に戻ったようでもあるが、不思議とこの時ケスラーは、それほどの嫌悪を感じなかった。より素直に、「自分で帰れるから放っておいてくれ」という意味合いのような気がしたのである。そしてそう感じたからこそ余計に、放っておくことができない自分がいた。
「星はなぜ輝くのか、か」
ケスラーは自分でも驚いたことに、オーベルシュタインの横に座り込んでいた。オーベルシュタインはしかし、視線を移そうとはしなかった。
「星々が光を放っていてはならぬ事情でもおありなのか」
いささか余計なことに首を突っ込んでいるのかもしれない。ケスラー自身そう認識していたが、今日はなぜか、同年の上官を置いて帰る気にならなかった。何より、憲兵総監を兼務する身として帝国の重鎮を警護する義務もあると、理由をこじつけて自分を納得させた。
「あの恒星の周りでは、どれだけの数の小惑星が飲み込まれ、消滅していくのだろうな。恒星があるために周囲の惑星たちの多くが、その炎に巻き込まれ、姿を消していく。そして恒星自身もやがて……。己を燃やすものは、永遠に輝き続けることなどできない。その光がまばゆく苛烈であるほど、その生命は短いであろうに。」
ケスラーは耳を傾けながら、彼の語るものが、星々の仕組みだけのものではないことを悟った。彼の危惧は、現帝国陣営の誰もが感じていたものだからである。
「AにはAに向いた役割、BにはBに適した立場。己が存在の足元を固めるために用いてきた理屈であったのに、私はあの時、その理屈を自ら放棄していた。その報いなのだろうな」
そう呟くとオーベルシュタインは、右腕を空に向かって伸ばした。彼の細い指は、何も掴まずに握り締められた。ケスラーはその手のかすかな震えを視界に捉えた。そしてそっと部下に連絡を取り、この場にもっとも適した人材を呼び出した。軍務尚書の右手は中空で何度も力を込められ、その度に、持ち主自身の身体の緊張も高まっていた。そしてそれは、彼の精神の高ぶりを表しているようだった。
「決して卿らには好まれぬ陰謀や策謀でも、それが新帝国の利益となり得るなら、私は躊躇わず実行する自信がある。同様のかつての行ないを悔いるつもりもない」
ふとケスラーはオーベルシュタインの横顔を見た。
「だが再び時を遡りあの瞬間に戻り得たら、やり直したい衝動に駆られないと、自信をもって言い切ることが私はできない」
常に己の強い信念を持って行動し、そのやり方は冷厳とさえ評されているオーベルシュタイン。その彼が、珍しく気弱な嘆きを漏らしたからなのか、ケスラーは彼の頬に一筋の光が流れるのを見て、刹那、息をのんだ。義眼とは、涙を流す機能を持たないと聞く。だからそれは、星明りと、流せぬ涙を取り戻さんとするかのような彼の表情との、絶妙な効果であったのだろう。軍務尚書の言う「あの瞬間」がいったい何を意味するのか、ケスラーには分からなかった。しかし、問うたところで回答を得られるものでもないように思えた。ただ彼は、かつての同級生の、どこか悲痛さを帯びた顔を見やっていた。
「そのやり場のない不安を、人は後悔と呼ぶ」
ケスラーは彼の横顔にそう一言投げかけて立ち上がった。軍務省の地上車が到着したのを確認したためである。

不安……そうか、私は不安でたまらないのか。
オーベルシュタインは右手を下ろすと、その手に掴み得なかった星屑を見上げた。
キルヒアイス上級大将、卿はいつも、ローエングラム公の部下としてではなく友人として、公の隣にいた。それが卿にはもっとも適した立ち位置であったのだ。私がその立ち位置を部下のそれに当てはめるまで、ローエングラム公の周囲は均衡を保っていたのだから。卿はローエングラム公の忠実な部下としての役割ではなく、気の置けない友人としての役割を担って生を受けたのであろう。私はその辺りを、見誤っていたのかもしれない。2年前のあの日、私が卿の役割を取り上げたために、卿は天上(ヴァルハラ)に召されたのだろうか。

問いかけても問いかけても、返って来ようはずもない問いばかりであった。

キルヒアイス提督。皇帝ラインハルトは、もはや卿という大きな、ただ一人の理解者の存在を必要としなくても、多くの民と将兵の支持の上に立っている。安心されるが良い。私が卿に償いとして報告できることは、それだけなのだ。

地上車から降り立ったくすんだ色の銀髪の男は、座り込んで中空を見上げたままの上官に言った。
「閣下。送らせますよ、帰りましょう」
軍務尚書は、彼の無遠慮な部下を見上げた。
「ああ、そうだな」

帝国暦488年9月9日。その日は、ジークフリード・キルヒアイスという惑星が、ラインハルトという巨大な恒星の影で、恒星を守るためにその身を消滅させた日であった。そしてその日は、何者に望まれようとも、やり直しの許されぬ存在として歴史の一ページとなったのである。

(Ende)

« 腰痛情報 | トップページ | にゃんこ にゃんにゃんこ にゃんこ♪ »

二次創作小説(銀河英雄伝説)」カテゴリの記事

トラックバック

« 腰痛情報 | トップページ | にゃんこ にゃんにゃんこ にゃんこ♪ »