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2008年11月 5日 (水)

「誰かがやるだろう」

今日、担当の利用者さんの個別支援で、電車を使った外出訓練を行いました。電車で30分ほどの高崎市。私にとっては目新しいこともない場所ですが、利用者さんにとっては全てが珍しく、目を輝かせていました。

その内容は置くとして、帰りの電車に乗る前のことです。高崎駅構内で、少し(というか大分)足元のおぼつかないおじいさんを見かけました。目の隅に映ったので思わず振り返って、「あの人、一人で大丈夫かしら?」と思いながら見ていると、壁やら立ててあるボードにつかまって、かろうじて立っているという様子。ボードが動いてしまい、転倒の危険があると感じました(仕事柄……)。おそらくパーキンソン症状と思われる、非常に小刻みな足の運びと顎の突き出し方をしていました。服装はトレーナーとスウェットのズボン、白い上履き(学校用みたいな)、白い帽子。どこかの施設からの脱走かなと思い当りました。

そんな様子を見ていたのはほんの数秒だったのですが、私のそばにいたサラリーマン風の男性も振り返って見ており、「あれは駅員を呼んだ方がいい」とか「どうして駅員が気付かないんだ」とか言っていました。だったら呼んできて下さい……と言いたいところでした。何しろこちらも利用者さんを連れていて、そうそう迅速には動けないし、おじいさんに手を貸して、利用者さんがはぐれてしまっても困る……と、1,2秒考えました。が、男性も動く気配なし。なんだかなぁ。それでも立ち止まって振り返ってくれただけありがたい!と思い、とりあえずその場をサラリーマン風の男性に任せて、利用者さんの手を引いて改札まで走りました(笑)
駅員さんに事情を話すと、どうやら問い合わせがあったようで、目下捜索中だった模様。先ほどのサラリーマン風の男性が、向かってゆく駅員さんを案内してくれ、無事保護してもらえたようでした。

しかし、確かに通路の隅の方で起こっていた出来事でしたが、平日の昼間とは言え、そこそこの人通りがあったにもかかわらず、誰一人歩みを止めなかった恐ろしさ。何より、あんな状態でどうやって駅の中まで入ってきたのか。そして、なぜそこまでの間に、誰も声をかけなかったのか!

田舎だと、そういうことって少ないんです。ちょっとでも様子がおかしいと、「どうしたの?大丈夫?」と、少々お節介なくらい声をかけるんです。なぜでしょうか。特別、田舎だから情が厚いというわけではないのだと思うのです。人通りが少ないから、却って恥ずかしいとも思わずに声をかけたり手助けをしたりできるのではないのでしょうか。それに自分が手助けしなければ、下手をしたら誰にも気づかれずに死んでしまう!(大げさですが)という危険も、人の少ない田舎にはあるのです。
一方、高崎は都会とは言いかねますが、少し人通りが多いと、まず、「誰かがやるだろう」という心理が働きます。加えて、少し特別なことをするには、周囲の目も気になります。したがって、自分に関係のないことなら、見なかったことにした方が、手間としても楽ですし、精神の緊張を経験しなくても済むので、ただでさえ多いストレスをこれ以上増やさなくて済む、ということになるのではないかと思います。また仮に、誰も手を貸さずに、その方が急病のため亡くなったとしても、確かに後味は悪いかもしれませんが、「なんだ、みんな助けなかったのか」と、罪をみんなになすりつけることもできるわけです。

だから都会の人は冷たいとか、田舎の人はいい人だとか、そんなことを言うつもりはありません。私たちも日頃、「誰かがやるだろう」と思って素通りしていることがたくさんあると思います。もちろんそれでいいのです。それでも毎日が無事に過ぎて行っています。でも、おじいさんが必死に歩いてきた道のりの長さを想像すると、改めて、「誰かがやるだろう」の結果を見せつけられたように感じました。

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