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2009年1月15日 (木)

神隠し殺人

最近話題になっている、通称「神隠し殺人」の裁判の行方。

昨年の4月、女性が一人、自分のマンションから忽然といなくなり、防犯カメラなどにも外出したらしい記録がないとされ、「神隠し」などと囁かれていましたね。犯人はわいせつ目的で女性を襲い、あまつさえ「性奴隷にしようと思った」とのこと。挙句、捜査の手が伸びるのを恐れて、女性を殺してバラバラにして捨てたという、何とも凄惨な事件でした。

近頃の犯罪を見ると思うのですが、どうしてこうも、テレビやゲームの世界と、自分の生きている世界とを区別できなくなっているのでしょう。昔から過激な発想やビデオ、映画などはありましたし、男性が女性を従わせたい、屈服させたいという傾向も、太古の昔からあったと思います。願望自体はまったく不思議ではないと思うのですが、なぜ実行してしまうのでしょう。

暴力的なゲームのせいだとか、過激な映画のせいだとか色々言われますし、確かに今はシミュレーションゲームなんてものもありますから、錯覚しやすいのかもしれません。けれども、人間は「ゲームはゲーム、現実は現実」と区別できる動物だったような気がします。映画やゲームが精巧に作られるようになり、あたかも実体験しているような臨場感を与えるとしても、そこにのめりこませるような別の要因が、他にもあるのではないでしょうか。もちろん、とっくの昔に研究されていることでしょうが。このストレス社会、そしてその影響を受ける親たち、ストレスに苦しむ親を見て育つ子ども、ストレスのはけ口にされる子ども、そのまたはけ口にクラスメイトをいじめる子ども、いじめられる子ども、そんな子どもに暴力をふるわれる親、それを見る兄弟姉妹……。ありとあらゆるものが繋がって、一人の人間の一生を狂わせる引き金になったのかもしれません。

私たちは自覚しなければならないかもしれません。凄惨な事件となった背景の願望や期待は、私たちの中にも日頃から存在するものだったかもしれないこと。そして、引き金を引かせたあらゆる連鎖の中には、自分も含まれているのかもしれないこと。「特別」で「異常な」ことではなく、自分にも起こりうることなのだと。
自分が、あるいは親しい人が引き金を引かないために、自覚しなければならないのかもしれません。

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