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2009年3月 8日 (日)

オンラインのコミュニケーションと被虐体験

オンライン……考えようによっては電話もオンラインのような気がしますが、ここは「オンライン」=「インターネット上」と考えて話を進めます。

パワーゲームという言葉をご存じでしょうか。一般的には、大国間での駆け引きを指します。如何に相手より優位に立つか、優勢を保つには何をすべきかを考え、実行し合うやりとりです。これは何も国家間に限られたことではなく、一人一人の人間の間にも起こり得ることですね。近頃の掲示板を見ていると、パワーゲームが多いなと感じます。

自分の言葉が相手に誤解された、理解されなかった、不当に非難された。「そういう意味じゃない!」「お前だって……」そう言って、相手に自分の主張を説明します。それでも理解されません。更に説明します。ところがその説明は、自分の正当性の主張に変わっているのです。この時点で、お互いに「自分の主張こそ正しい。相手をねじ伏せて自分の主張に賛同させたい」というパワーゲームを始めているのです。
この種のパワーゲームを傍から見ると、二人の間で論点がずれていたり、余りにも個人の背景に違いがありすぎて、それぞれの持つ価値観が異なっていることが多いのです。相手の考え方を推察してみないと、いつまで経っても分かり合えないだろうな、と思うわけです。

自分の主張に賛同しなければならない義務は、相手にはありません。説明して理解されないことは、ことオンラインでのコミュニケーションでは、説明し続けても不毛なだけ、ということも多いものです。時には納得したふりをして、あるいは、考えが一致しないことを認めて、関係性を継続していくことも大切ですね。色々な人がいて色々な考えを持っているけれど、一緒に生きているということを、大人である私たちは知っているのですから。


<<ここから被虐体験のある方要注意の文章です。自己責任でお読み下さい。>>



ところで、被虐体験者(サバイバー)は、コミュニケーションの一つひとつがパワーゲームになりがちです。なぜなら、子ども時代から家庭においてパワーゲームを強制されていたからです。絶対権力者である大人(虐待者の意)の主張や意向を第一に考えなければ許されない子どもでした。大人が常にパワーゲームの勝者であり、彼らの優位性を保持するために、殴られ傷つけられてきたからです。大人は自分の主張のすべてを子どもに「イエス」と言わせ、言わなければ言うまで傷つけます。そうしてその傷を癒せぬまま大人になった彼らは、今度は相手に「イエス」と言わせたいのです。いえ、言わせないと不安でたまらないのです。だって、「ノー」と言われたら、それは負け、被虐の立場になるのですから。二度と傷つけられたくないという必死の思いで、相手を説き伏せようとするでしょう。これがパワーゲームになる経緯だと私は分析しています。

主張のやり取りに勝ち負けが存在しないこと。誰かの主張が全面的に評価されることは稀であること。一見常識的なことですが、サバイバーの周囲には、そんな常識はなかったのです。
分かり合えなくても、傷つかないこともあるのです。分かり合えないことを認めるのは苦痛を伴いますが、それは引き分けなのです。勝者と敗者の関係よりも、ずっと良い関係なのではないでしょうか。
そんなことを頭の片隅に置いて、掲示板を利用している管理人でした。

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