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2010年11月28日 (日)

ミルクティー(銀河英雄伝説 二次創作ショート・ショート)

ミルクティー

「勅命、謹んでお受けいたします」
ウォルフガング・ミッターマイヤーは、皇帝<カイザー>ラインハルト・フォン・ローエングラムの御前を辞すと、うつむき歯を食いしばった。
自らが紡ぎだした言葉さえ、彼にはどこか遠いもののように思え、絶望という名の黒いカーテンが、彼の心の大きな範囲に闇を作り出していた。ミッターマイヤーは内心より込み上げてくる怒りの矛先を定めかねて、両の拳を震わせた。なぜ己がこれほどまでに怒りを覚えるのか。皇帝ラインハルトへの忠誠には微塵の揺るぎもない。しかしオスカー・フォン・ロイエンタールとの友誼にも、これに代え得る人生の宝はないと信じている。彼を、信じている。

皇帝ラインハルトが惑星ウルヴァシーにて九死に一生を得て、ミッターマイヤーの前に姿を現したのは、ほんの数時間前のことであった。彼の親友、オスカー・フォン・ロイエンタールは、新領土総督として惑星ハイネセンに赴任する同僚である。否、同僚であった。彼は反逆者の汚名を着せられ、選択の余地を奪われて、自ら皇帝ラインハルトに反逆の意を示したのである。彼をよく知るミッターマイヤーには、その経緯が容易に想像できた。ロイエンタールに私怨を抱く内務省次官ラングが軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインに取り入り、吐き気のするような謀略を用いて、彼の親友を陥れたのだろう。おそらくこれは、彼の想像だけではあるまい。だが証拠はなく、法を行使する手段もなかった。彼は唇をかみしめ、旗艦人狼<ベイオ・ウルフ>に戻った。

パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、軍務省ビルの執務室でいつものように淡々と事務書類にサインを続けていた。皇帝とロイエンタールの間に何らかの妥協点を見出そうとするならば、おそらく自分が特使として新領土に赴くことになるだろう。そしてそうなった時の自分の生命は、もはや自分の管理下から外れることになるだろう。内務省次官ラングに、なかば脅すように告げた自分の言であったが、無論、覚悟はしていることである。すでに身辺整理はできていたし、それが新帝国の礎を崩さぬために必要なことならば、ことさら自分の生命にこだわる必要性を感じていない。
手元の書類に目を通し終えると、部下に押し付けるものとそうでないものを分類するため、書庫からファイルを取り出した。その時である。戦場以外ではほとんど耳にすることのない衝撃音とともに、彼の執務室に侵入する者があった。
「軍務尚書に話がある」
唇を震わせ、蜂蜜色の髪の元帥が、ドアを蹴破らんばかりの勢いで彼の元に姿を現した。オーベルシュタインは瞬時に彼の表情に怒りのそれがあることを認めると、そのまま彼を一瞥して再び書類へと目を落とした。
「卿も知っている通り、今の私には時間がない。手短に願いたいのだが、ミッターマイヤー元帥」
軍務尚書という男は、いつ何時でもこの態度を崩さないのか。ミッターマイヤーはやり場のない怒りの矛先を、目の前の男にぶつけた。
「余計な口を叩くな、軍務尚書!貴様のせいでロイエンタールは……!」
しかしながら彼の目の前の男は、一向に顔を上げようとしない。
「ロイエンタールが皇帝を裏切ることなど絶対にない!万が一ありうるとしたら、それは反吐の出るような謀略によってのみだ!そうだ、貴様の得意とする謀略だ!何とか言ったらどうだ、オーベルシュタイン!!」
軍務尚書はようやく顔を上げると、小さなため息をついてから、手元のモニターに呼びかけ、一息つくことを宣言した。ミッターマイヤーは応接用のソファに促され、ひとまず彼と相対して腰を下ろした。間もなくして従卒が飲み物を持って現れる。
「ミルクティーには鎮静効果がある。私には頭に血が上った人間とまともに話す時間的余裕はない」
「なっ……」
ミッターマイヤーはティーカップを目の前にいる男に投げつけたい気持ちを何とか押しとどめて、この冷厳な上官の元でつつがなく仕事を終わらせたいと願っているであろう従卒の入れてくれた紅茶に口をつけた。従卒の少年やこのミルクティーに罪はない。そう思えただけでも、この一杯のミルクティーには鎮静効果があったのだろう。
「卿は、なぜあのラングなどという男を重用するのだ。内国安全保障局とはとってつけたようなもので、要するに秘密警察の類ではないか」
オーベルシュタインはあえて年下の元帥を正面から見据えず、斜め前から彼の強く握られた拳に目をやった。
「私は別に、あの男を重用しているつもりはない。内国安全保障局は内務省管轄下の組織だ。憲兵隊とは別に、内務省内にも調査組織が必要だったとしか言えまい。私はその調査力を利用しているに過ぎない。しかし、卿の言いたいことはそういうことではなかろう?」
ミッターマイヤーははっとして顔を上げた。その目は未だに怒りの色を帯びていたが、そこには先ほどとの決定的な違いがあった。
「お、俺は……ロイエンタールはっ……」
はらはらととめどなく涙が流れ落ちた。無二の親友と対峙しなければならない怒りと、事態を収拾しえない自分への怒りと、謀略や計略で他人を貶めようとする者への憎しみとが、彼の胸の中で渦巻いていた。最も見られたくない、悟られたくない相手の前で、自分はそれをさらけ出していた。
「ロイエンタールは、ロイエンタールという男は、自ら望んで陛下に反旗を翻し奉るような人間ではない。今回の一件には合点がゆかぬのだ。内国安全保障局長が、ロイエンタールを陥れるために計画したとしか思えん」
言いながらも、幾筋もの涙が流れ落ち、テーブルに滴の痕を作っていた。彼には分っていた。この男の前で、このような馬鹿げたことを訴えても、どうなるわけでもないのだ。事態の解決に何ら寄与するものではないし、冷徹な言葉を浴びせられるのがせいぜい、追い出されていないだけましな方だ。だが彼の怒りと憎しみと、そして悲しみが、もはや理性のコントロールを受け付けなくなってしまっていた。
「分かっている」
軍務尚書はただ一言、いつもの低い声でそう答えた。
「なんだと?」
冷厳な言葉を予想していただけに、信じられない思いで問い返す。
「分かっている、と言っているのだ。ロイエンタール元帥の謀反は、何者かにつけいられた結果の事態だと私も考えている」
「オーベル…シュタイン…元帥」
オーベルシュタインが初めて、ミッターマイヤーの涙に潤む瞳に目を向けた。ミッターマイヤーは何とも言えない不可思議な気持ちになった。彼の視線には、まるで小学校の教師が教え子に向けるまなざしのような、温かみの要素が含まれているように思えたのだ。おかしい。自分はきっとあまりの混乱で、彼の凍てつく視線さえ感じられぬほどに感情が麻痺しているに違いない。
「分かっているなら、なぜ何もしない!貴様が悪辣な小細工を手をこまねいて見逃がしているうちに、ロイエンタールは反逆者に仕立て上げられたんだぞ。なぜ……」
「なぜ助けてくれないのか。そう言いたいのだな、卿は」
オーベルシュタインは、低くゆっくりと言った。
「なっ……笑止。卿にそんなことを……」
ミッターマイヤーは反論しようとしたが、それ以上の言葉が出てこなかった。
「そうか。それは見誤ったようだ。卿はここへ、助けを求めてきたのだと思ったのだがな」
オーベルシュタインはミッターマイヤーの瞳から視線を外さずに、更に続けた。
「もっとも今の私にも、そして過去の私にも、卿とロイエンタール元帥を助ける手立てはなかった。ラングは少なくとも正当な筋を通してロイエンタール元帥を糾弾していた。その正当すぎる筋が逆に、彼の裏で糸を引くものの存在を予測させはしたが、確たる証拠は掴めていない。しかし、そうだな……私にこのようなことを言われずとも、卿はすでに承知していることだろう。つけいったラングの悪辣さもさることながら、ロイエンタール元帥につけ入られる隙があったのもまた、確かなことだ。そういったことも含め、卿は既に分かっているはずだ」
「……」
ようやく涙は収まったものの、何も言い返せずにいるミッターマイヤーを、オーベルシュタインは見つめたまま続けた。
「今回の事態を予測し、予防するのは困難なことだった。今、卿が親友と対峙せざるを得ない状況も、卿の職責を考えれば避け得ないことだ。皇帝の勅命は残酷かもしれぬが理にかなっている。そのすべてが分かっているから、ここへ来たのだな。ただ一人、責めを負わせても卿が納得できる人物、すなわち私に、責任の一端を負わせんがために」
皇帝ラインハルトの名の下に宇宙艦隊を総括する年若い元帥は、今一度大きな嗚咽を上げると、拳を己が膝に叩きつけた。オーベルシュタインは彼に向き合うのをやめ、立ち上がった。
「卿の気が晴れるなら、好きなだけそこにいるが良い。私は執務に戻らせてもらおう」
ティーカップの横に、持ち主のマントと揃いの、グレーのハンカチが置かれた。ミッターマイヤーが顔を上げると、すでに無私無情の彼<か>の人は、執務机の書類と向き合っていた。

(ende)

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