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2013年1月20日 (日)

遺されるもの~2.オーベルシュタイン邸の人々~ (銀河英雄伝説 二次創作)

遺されるもの

2.オーベルシュタイン邸の人々

「お帰りなさいませ、旦那様」
オーベルシュタイン家の執事として長く勤めるラーベナルトが、主人の鞄を受け取りながら声をかけた。これはもう数十年も、先代の当主の頃からの習慣であり、先代も、そして現当主も、この言葉かけに返事をすることはなかった。だからこの日、礼をした執事に向かってかけられた当主の言葉に、当初執事は困惑した。
「ご苦労」
一言だけ、それも淡白な抑揚のかけらもない言葉であったが、執事は主人の纏う空気に、普段とは異なる何かを感じ取った。吉凶どちらともつかぬその違和感に、ラーベナルトは首をかしげながらも、主人の晩餐の準備へと慌ただしく向かった。

当主が食後酒を嗜んでいる時間、オーベルシュタイン邸に一人の来客があった。客といっても、邸内に通すような客ではなく、郵便配達人であった。昼間に配達に来た際、見落としてしまった封書があったと、申し訳なさそうに持参したのである。ラーベナルトはその若者の労をねぎらって帰すと、手触りからしてメモリーカードであろうと見当をつけ、主の元へ持参した。主人は執事と同様の方法で中身を探ると、差出人の名前を見て、食後酒を中断した。
「ラーベナルト、後で書斎に残りのワインを届けてくれ。それと、我が家の便箋と印璽(いんじ)を」
「はい、かしこまりました」
主人はグラスを置いて食堂から立ち去ると、書斎のある二階へと、いつもの規則正しい足音を立てて階段を上って行った。
「我が家の便箋と印璽」。ラーベナルトはそれらの意味することに、戦慄せずにはいられなかった。古来より帝国貴族は、公式な手紙などを送る際、家名と家紋の入った特別の便箋と封蝋を用いる。しかしながら、現在の主人の立場では、王朝独自の便箋の使用を認められているため、もう長らく、オーベルシュタイン家の便箋と印璽は用いられていない。使用するとすれば、公式な書状などではなく、もっと個人的な、もうひとつの用途であろう。
「旦那様……」
ラーベナルトは妻に夕食の片づけを任せながら、とうに姿を消した主を見送るように、階段の先を見つめた。

オーベルシュタインは執事がワインを持参するまで、先ほど届いたメモリーカードの検分を行った。このカードは帝国内で一般的に用いられているメッセージカードであり、読み取り用の機械に差し込むと、送り主の録画した立体映像が再生される。オーベルシュタインがメッセージを再生すると、そこにはくすんだ長い金髪の女性の、元気のよい笑顔が現れた。
「パウル・フォン・オーベルシュタイン様、ご無沙汰しております。今年も妹の誕生日に、あの子の好きな花ばかり、たくさんお送り下さり、ありがとうございました。もうあれから20年以上にもなりますのに、こうして忘れずにいて下さること、妹に代わりまして感謝申し上げます。きっとパウル様のお気持ちは、あの妹にも届いていることでしょう。さて、パウル様のご活躍、ご出世の報、辺境にも届いております。お忙しい日々を送られているかと存じますが、どうぞお体にはお気を付けになり、お元気でお過ごし下さいませ。そして……」
送り主の瞼が閉じられた。ほんの少し思案顔で、心なしか声が震えたように感じられた。オーベルシュタインはつられるように自分もひと呼吸おくと、彼女の次の言葉を待った。彼女の表情からして、重苦しい声になろうと覚悟していた耳に届いたのは、意外にもそれまでと変わらぬ明るい声であった。
「そして、どうか一度、妹を見舞ってやって下さいまし。お忙しいことも、パウル様がこの地へお越しになりたくないことも、承知の上でのお願いです。元帥閣下にこんな失礼を申し上げて、お許し下さいね。それでは、またお会いしましょう(アウフ・ヴィーダーゼン)」
オーベルシュタインはカードを抜き取ると、カードホルダーの所定の場所におさめた。フェルナーの追及を逃れた彼の記憶は、彼女の最後の言葉によって、否応なしに引きずり出されることとなった。22年前の……。
書斎の椅子に身を預けたまま目を閉じていると、執事の足音と、もうひとつの足音が聴覚を刺激した。礼儀正しいノックの音。
「入りなさい」
執事が飲みかけのワインとグラス、ささやかなカナッペとともに、オーベルシュタイン家の便箋と印璽を書斎に置いて行った。いや、もうひとつ、ではなくもう一匹と言うべきか、ダルマチアン種の老犬も主の書斎に残った。老犬は早々に彼のために設けられた寝床へ入ると、頭だけ持ち上げて主人を眺め、主人が便箋にペンを走らせるのを見て、クッションにもたれながら目を閉じた。

つづく

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