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2013年3月 8日 (金)

「私は三年間老人だった」の中に出てくる詩

最近、とあるきっかけで読んだ本です。

パット・ムーア著「私は三年間老人だった」

とても勉強になりました。著者は工業デザイナーで、20代の時にメイクと
服装を工夫して、老人として過ごしたそうです。その体験を綴った本。
のちに、ユニバーサルデザインの開発原点となったようです。

さて、この本の最後に、イギリスの老人病院で、とある老婦人の死後、
遺品の中から見つかった詩が紹介されていました。
介護職員の研修などにも用いられるので、関係者の方はご存じかと
思いますが、改めて、紹介する価値があると思い、記載します。

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何が見えるの、看護婦さん、あなたには何が見えるの
あなたが私を見る時、こう思っているのでしょう
気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、日常生活もおぼつかなく
目をうつろにさまよわせて
食べ物はぽろぽろこぼし、返事もしない
あなたが大声で「お願いだからやってみて」といっても
あなたのしていることに気付かないようで
いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる
おもしろいのかおもしろくないのか
あなたの言いなりになっている
長い一日を埋めるためにお風呂を使ったり食事をしたり
これがあなたが考えていること、あなたが見ているものではありませんか
でも目を開けてごらんなさい、看護婦さん、あなたは私を見てはいないのですよ
私が誰なのか教えてあげましょう,ここにじっと座っているこの私が
あなたの命ずるままに起き上がるこの私が、
あなたの意志で食べているこの私が、誰なのか,

わたしは十歳の子供でした。父がいて、母がいて
きょうだいがいて,皆お互いに愛し合っていました
十六歳の少女は足に翼をつけて
もうすぐ恋人に会えることを夢見ていました
二十歳でもう花嫁。守ると約束した誓いを胸にきざんで
私の心は躍っていました
二十五歳で私は子供を生みました
その子たちには安全で幸福な家庭が必要でした
三十歳、子供はみるみる大きくなる
永遠に続くはずのきずなで母子はお互いに結ばれて
四十歳、息子たちは成長し、行ってしまった
でも夫はそばにいて、私が悲しまないように見守ってくれました

五十歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました
愛する夫と私は再び子供に会ったのです
暗い日々が訪れました。 夫が死んだのです
先のことを考え――不安で震えました
息子たちは皆自分の子供を育てている最中でしたから
それで私は、過ごしてきた年月と愛のことを考えました

いま私はおばあさんになりました。自然の女神は残酷です
老人をまるでばかのように見せるのは、自然の女神の悪い冗談
体はぼろぼろ、優雅さも気力も失せ、
かって心があったところには今では石ころがあるだけ
でもこの古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて
何度も何度も私の使い古しの心は膨らむ
喜びを思い出し、苦しみを思い出す
そして人生をもう一度愛して生き直す
年月はあまりに短すぎ,あまりに遠く過ぎてしまったと私は思うの
そして何ものも永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです

だから目を開けてよ、看護婦さん――目を開けてみてください
気むずかしいおばあさんではなくて、「私」をもっとよくみて!

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この詩は私に初心を思い出させてくれます。

ケアマネはアセスメントをする時に、必ずその方の成育歴なども
お聞きします。それは、正に、この詩のように、「今」のあなたの
状態だけではなく、「生まれてからずっと生きてきた、継続する
人生の中のあなた」を見たいから。
だから育った環境や家族のこと、生活習慣や交友関係など、
細かく知りたいのです。
でも、聞き始めると凄く膨大な情報になるし、ついつい
必要最低限で済ませてしまう自分にカツ!

そして、そう、現場で食事介助なんかをしていると、
ついつい「時間までに食べてほしい」と焦ってしまう。
まるで、早く食べさせるのが優秀な介護者だと言わんばかりに。
何の「時間」なのだろう。学校でもないのに。
おおむね、「スタッフの交代時間」とか「昼休み」が
タイムリミットになってしまって、要するに、介護者の都合なのです。

一日の過ごし方にしてもそう。
出歩かずに座って、スケジュール通り一日過ごしてくれるのが、
手のかからない「良い利用者」。
気ままに出歩いて、こうしたい、ああしたいと訴えるのが、
「徘徊」して「妄想」や「幻聴」があり、「我がまま」な、
「問題のある利用者」。

そんな見方になっていないだろうかと、時々自分に問いかけなければ、
日々の忙しさに追われて、ゆっくりと慣れてしまいそうです。

課題や問題だけを見ないで、その人を丸ごと見なければ。
だって私たちは、その人の人生に寄り添うのが仕事なのですから。

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