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2013年3月24日 (日)

「酸いも甘いも……」3.醜態 (銀河英雄伝説 二次小説)

3.醜態

 皇帝(カイザー)ラインハルトの即位から半年にも満たぬうちに、大本営のフェザーンへの移転が行われ、さらに同盟領への大親征が予定された。オーベルシュタインも含め新帝国の重鎮たちは、皆一様に多忙を極めていた。ロイエンタールとは会議で何度も顔を合わせ、冗談のこもらない辛辣な舌戦を交えていたが、腹に響く旋律のような彼の声を聞けて、ほんの少し甘い気持ちを味わっていた。願わくば、親友に向けられる穏やかな瞳で、自分のことも見てほしい。つい最近まで「遠くから見ているだけで良い」と思っていたはずが、仕事とはいえ言葉を交わすことに慣れてしまうと、さらに欲深くなるのだと思い知った。好かれる努力も親しくなる努力もしていないのに、自分は何と身勝手な生き物なのだろう。
仕事と己の感情を切り離すことを得意とするオーベルシュタインは、表面上、ロイエンタールへの想いなどおくびにも出さずにきていた。その日も御前会議のため、オーベルシュタインは大本営の会議室に席を取った。性格上、早めに到着していないと気が済まない彼は、またしても無人の会議室で他の面々を待つ。無論、時間は有効に使っており、軍務省から持参した書類に目を通しながら過ごしていた。この後、大抵はミッターマイヤー元帥が現れ、続いて上級大将らが集まりだした頃、ロイエンタールがやってくる。ところがこの日に限ってオーベルシュタインの次に現れたのは、ロイエンタール元帥だった。
ロイエンタールはこの日、御前会議前にミッターマイヤーと擦り合わせをしたい事項があり、早めにやってきたのである。だから軍務尚書の姿を認めると、舌うちでもせんばかりに忌々しげな表情を浮かべ、仕方なく席に着いた。ミッターマイヤーの顔を見られると思って早く来たのに、よりにもよってこの男の顔を見なければならぬとは、といった心境である。一方のオーベルシュタインは軽いパニックに陥っていた。会議や書類を挟んでの打ち合わせならば、二人で意見を交換することもできる。しかしこの待ち時間に、他に誰もいない空間で、自分はどんな表情をつくって彼の顔を見れば良いのだろう。書類を持つ手が震え、急速に大量の冷や汗をかいているのが分かった。乏しい表情筋が何の感情も湛えないのは分かり切っていることなのだが、動揺した顔を見せぬよう、書類を握りしめたまま黙って俯いた。自分はもう少し図々しくて図太い人間だったと思っていたが。内心で自嘲気味に笑うと、額の汗をハンカチで拭った。
「……尚書、軍務尚書」
顔を上げると、ロイエンタールが訝しげにこちらを見ていた。それはそうだろう。いくら日頃から反目している相手であれ、いつも冷静で冷たい顔の男が、なぜか俯いて汗を流しているのだから。
「すごい汗のようだが、体調でも崩されているのか」
ロイエンタールが、彼の想い人が、自分に敵意でない視線を投げかけている。本来ならば嬉しく思うところだが、それどころではなかった。流れる汗は止められなかったが、どうにかいつもと変わらぬ顔を取り戻して、オーベルシュタインは答えた。
「大丈夫だ。……醜態を晒して申し訳ない」
オーベルシュタインの思わぬ謝罪に、ロイエンタールは多少面喰ったが、一瞬だけ片眉を上げてフッと笑みを浮かべた。
「気にする必要はない。誰にでも微細な体調の変化はあるだろう」
彼がそう言ったところで、ミッターマイヤーをはじめとする諸将が入室して来て、オーベルシュタインはがっかりしつつも、心からホッとした。

 会議は滞りなく進展し、予定の時刻に終了した。ラインハルトが退室すると、他の面々も随時立ち上がり、雑談を交わしたり足早に出て行ったりと解散される。会議中は先の動揺が嘘のように平静な気持で顔を並べていたため、ミッターマイヤーと話し込んでいるロイエンタールの姿を見ても、さして気持ちが揺らぐこともなかった。しかし、スッと立ち上がって廊下へ出た瞬間に、幸か不幸か彼の声を拾ってしまった。声はたった今出てきた会議室から、ミッターマイヤーと話すロイエンタールのものである。
「軍務尚書の様子がおかしかったんだ」
確かにそう聞こえた。気にするなと言ってくれたが、やはり不審に思われていたのだ。何ということか。己の感情ひとつも律しえず、よりにもよって想う当人を不審がらせるとは。よもやとは思うが、自分の気持ちに気付かれたのではないだろうか。気づいたら彼はどうするだろう。軽蔑するだろうか。気づいてほしい、気づかれたら終わりだ。二つの相反する想いが、頭の中を駆け巡る。
数歩進んだところで壁に手をついて、オーベルシュタインは己を呪った。
そんな悶々とするオーベルシュタインをよそに、「帝国軍の双璧」の会話は続いていた。
「おかしかったって、どういうことだ。何か企んでいるようにでも見えたのか」
ミッターマイヤーが眉を寄せて親友に問い質した。
「いや、少し体調が悪そうな……このところ忙しいからな。疲れているのかもしれん」
ロイエンタールは会議前の様子を振り返りながら、考えをまとめた。
「それは確かだろうな。この時期一番仕事の多いのは、我々でなく軍務省だろうからな」
「ああ。だが顔色が尋常じゃなく……やはりちょっと、忠告だけしておこう」
「忠告?」
会話もろくに終結しないまま、金銀妖瞳の親友が足早に出ていこうとするのを、ミッターマイヤーはぽかんとした表情で見送った。
「またな、ミッターマイヤー」
ドアの外からの呼び掛けに、かろうじて手を挙げて応じたのである。

(つづく)

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