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2013年3月24日 (日)

「酸いも甘いも……」5.歪んだ告白 (銀河英雄伝説 二次小説)

5.歪んだ告白

 幾つの夜を、思い出と置き土産を糧に過ごしたことだろう。もう終わらせよう、幾度となくそう考えた。この愛が実を結ぶことは、万に一つもない。ロイエンタールの漁色家ぶりは有名で、常に美しい女性との甘い夜を過ごしていると聞く。彼自身の美貌と、彼の持つ財産のためか、言い寄ってくる女には不自由しないと公言している。そんな男が、こんな貧相で面白味のない、それも男を、抱くとも思えないし抱かれるのを良しとするとも思えない。初めから報われるはずのない想いなのだ。

 フェルナーは帰り支度をする上官を眺め、はてと首をかしげた。帰り支度の手が止まっているのである。職務中において、彼が手を止めて考え込んでしまうということは、フェルナーの見る限りほとんどない。オーベルシュタインはいつも効率的に淡々と職務を遂行すること比類ない人物である。しかしここ最近、帰宅時間が近付くにつれ、どこか帰りたがっていないような、少し思いつめたような様子で思案していることがあるように思える。何があるのだろうと彼なりに心配しつつも、まさか自分が軽い気持ちで振った恋愛話が、上官の心を揺らした原因の一端であったことまでは、洞察することもできなかった。

 一方でロイエンタールもおかしな気持ちに囚われていた。釈然とせぬままに放置してきてしまったせいか、なぜオーベルシュタインが冷や汗をかいて真っ青になるほど体に変調をきたしたり、話しかけられただけで突然泣き出したりしたのか、さっぱり分からなかったのである。彼に限ってあるとは思えないが、情緒不安定というやつだろうか。忙しすぎてストレスから心を病んだのだろうか。考えてみるが、どうにも腑に落ちない。どういう神経をしているのだと疑いたくなるほど、無神経なことの方が多い男ではないか。

 ひとり酒が飲みたくて、寄ったことのないバーの片隅に、オーベルシュタインは腰を落ち着けていた。そう広くないが小洒落た雰囲気の店で、自分よりも彼に似合うと思った。そんなことでこの店を選んだのだろうか。彼の面影を見たくて。そんなにまで囚われているのか。
「馬鹿な……」
寂しげに呟きながら、ジントニックをあおった。店の奥から賑やかな女性たちの声と、楽しげな音楽が漏れ聞こえ、奥のフロアとの境界のドアが開いたことに気が付いた。あの賑やかで華やかな世界に、彼の追い求める男はいるのだろう。扉は開いても決して手の届かぬ世界に。そう思いながら漠然とドアの先を見ていると、信じられないものが目に入った。
「ロイエンタール」
さんざん空想し、夢想した男が、奥のドアから出てくるところだった。こんなに都合の良い話があるか。……いや、都合の悪い、と言った方が良いかもしれない。これはやはり、自分の妄想の一部だろうか。しかしその妄想は消えることなくこちらに近づき、レストランの時と違って狭い店内では、避けようも隠れようもなかった。
「オーベルシュタインではないか」
ダークブラウンのつややかな髪に色気を漂わせて、ロイエンタールは薄く微笑んだ。
なぜ、そんな顔をするのだ。いつもの冷笑ではなく、嫌悪感を露わにした顔でもなく、なぜそんなにも柔らかく微笑むのだ。オーベルシュタインは、ともすれば己の理性がくずおれようとするのを、必死に押しとどめた。
ロイエンタールも思う。もしかしたら心身の不調を抱え、誰にも相談できずに泣き崩れるまで堪えていたのかもしれない男に、下手な仕打ちはできないではないか、と。
「奇遇だな。同じ店で飲んでいたとは」
双方ともに思うところはあったが、会話は当たり障りなく始まった。
「卿は一人か?」
聞きながら、オーベルシュタインの周辺に人がいないのは一目瞭然だった。
「ああ。卿は連れがいるのか」
「いる。まあ、付き合いだ」
肩をすくめて奥の方へ目を投じる。こういう言い方をするのだから、連れはミッターマイヤーではないのだろう。
「戻らなくていいのか」
オーベルシュタインの問いにロイエンタールは少し考えたようだったが、もう一度肩をすくめると、
「もう十分付き合った。少しは休ませてもらうさ」
と言って、オーベルシュタインの向かいの席に座った。
「私の前では休まらないのではないか」
その物言いがいかにもオーベルシュタインらしくて、ロイエンタールは自分の懸念が杞憂だったと安心し、人の悪い笑みを浮かべた。
「そうだな。確かに気が休まらんな」
義眼の男はいつもと変わらぬ仏頂面で酒を飲んでいる。……考えてみればあの時も、ほとんど表情を変えずに泣いていたな。とすると、一見変わりがないように見えても、何かを隠しているということも考えられるわけか。
しばらく沈黙の時が過ぎ、ロイエンタールがワインを一杯飲み終えたころ、奥から彼を呼ぶ声が聞こえた。オーベルシュタインはハッとした。女性の声だ。
「卿の連れは女か」
「そうだ。邪魔したな」
ロイエンタールが立ち上がりかけると、女が奥から顔を出した。この間の金髪女性ではなく、茶色い髪の妖艶な感じの大人の色気のある女だ。またあの時と同じく、胸が焦げた。ロイエンタールはこの女と……。
「待て」
オーベルシュタインはロイエンタールの腕を掴むと、行かせまいと強引に引きとめた。
「何だ」
ロイエンタールが驚いたように振り返る。オーベルシュタインの眼が、暗く静かに燃えていた。
「悪いが呼ばれているんでな」
ロイエンタールは腕を振りほどいて行こうとしたが、オーベルシュタインによってさらに強く掴まれ、仕方なく足を止めた。
強引に引きとめているくせに、何も言おうとしないオーベルシュタインに、ロイエンタールは次第に苛立った。
「何だというんだ、何か言え」
オーベルシュタインは手の力を緩めぬまま、困ったように下を向いたが、業を煮やした女がこちらへ向かってくるのが目に入り、咄嗟に彼の腕を掴んだまま走りだした。
「おい、離せ。いい加減にしろ」
店から飛び出して、どこをどう走ったか分からなかった。とにかくロイエンタールの腕を離したくなくて、そして彼を女のもとへ行かせたくなくて、オーベルシュタインは夢中で夜道を走り抜けた。
ようやく足を止めたのは、人気のない公園だった。彼の腕は離さずに、けれども顔を見る勇気はなく、暖かい腕をぎゅっと握りしめたまま俯いた。
「逃げも隠れもせんから、離してくれないか」
公園のライトの下で、思いのほかロイエンタールの声は穏やかだった。もっと剣呑な雰囲気で問い詰められると思っていたのだ。オーベルシュタインは少しだけ救われたような気がして、そっとロイエンタールの腕を離した。
「卿は俺に、何か話したいことがあるのだろう」
ロイエンタールが柔らかく噛んで含めるように言う。
「このところの卿の不調に関することか。何か人に言えぬ悩みでもあるのではないか」
そう言って、オーベルシュタインの肩をポンポンと叩いて、その顔を覗き込んだ。
そんな優しい言葉をかけられたら、また涙が出てしまう。もうあんな醜態は晒せない。ギュッと唇を引き結んだ時、ロイエンタールの首元に赤いものを見つけた。女性の、口紅の痕だ。
オーベルシュタインの中で、何かがぷつんと切れる音がした。
「卿に何が分かる!」
そう声を荒げながら、オーベルシュタインは力いっぱいロイエンタールを、そばにあったベンチへと押し倒した。
「どうして分からない、どうしてそんな態度をとる」
ロイエンタールの上に馬乗りになって、力任せに襟首を締めあげる。抵抗する彼の両腕を押さえつけて、乱暴に彼の唇へ己が唇を落とした。
「うっ……」
唇に噛みついたところで、自分よりも遥かに強い腕力で跳ね飛ばされて、オーベルシュタインは地面に転がり落ちた。
結果は、火を見るよりも明らかだった。
ロイエンタールの起き上がる気配がして、オーベルシュタインは地面に座り込んだまま、想い人を見上げた。最低だ。自分は最低で愚かな男だ。一時の独占欲に駆られて、愚かしい行動をしてしまった。もう、永遠に彼の心は自分を離れるだろう。せめて、ハンカチを借りたままでいられる関係でいたかった。いつも通りで、時折心配してもらえて。……しかしそれも、もう望みようがない。引き金を引いたのは自分だ。
「これが卿の答えか。卿は俺を犯して、自分の手に入れたかったというわけだな」
違う。こんなことがしたかったのではない。まして力づくで自分のものにしようなどと、考えたこともなかった。ただ……ただ、愛したかった。愛して、愛されたかった。心を通わせて、笑顔を見せ合って、慈しみ合いたかった。
「そ……」
そうじゃないと言いかけて、口をつぐんだ。もう、何と言われても仕方ないのだ。砂埃を払いながら、極めて静かに冷静に立ち上がると、オーベルシュタインは挑発するように言った。
「そうだ。私は卿を力づくで組み敷いて、卿のすべてを奪いたかった。凌辱したかった。これが私の答えだ」

 泣き叫ぶことさえ、悲鳴を上げることさえ、もう私には許されないのだ。

(つづく)

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