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2013年6月 1日 (土)

慈悲の花-dogwood- (銀河英雄伝説 二次小説)

シリアスなオーベルシュタインとフェルナーのやりとりです。
安定のpixiv同時掲載。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=2408424

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慈悲の花 -dogwood-


外を眺める痩身の人影がある。
乱れのない黒い衣に身を包んで、
大きな窓辺にそっと佇む。
時折り、思い出したように息を吐き、
音もなく薄い唇を動かす。


 帝国暦490年6月。バーラトの和約締結の後、帝国宰相ラインハルト・フォン・ローエングラムとともに、惑星オーディンの大本営へ帰還を果たしたアントン・フェルナーが、同じく共にこの地へ降り立った上官から呼び出しを受けたのは、到着後まもなくのことであった。
「長のご征旅、本当にお疲れ様でした」
程よく湯気の立ち上るコーヒーを上官のデスクに置いて、フェルナーは改めて敬礼した。彼の上官、パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将は、無感動にそのカップを一瞥してから、一筋縄ではいかない不遜な部下の顔へ視線をやった。
「内示の段階ではあるが……」
敬礼にも労いの言葉にも返答せず、オーベルシュタインは用件を切り出した。
「そう日を置くことなく、新王朝が誕生する。それを機に、私は軍務省を任されることになる」
高揚するでもなく、ことさらに秘密めいた口調でもなく、まるで今日の夕食のメニューでも語るかのように、義眼の総参謀長は淡々と言ってのける。むろん、新王朝の樹立も、それによって変わるであろう上官の地位についても、フェルナーには予想できていたが、淡白な本人の前であえて驚いて見せた。
「軍務省ということは、軍務尚書の地位につかれるということですか!おめでとうございます」
軍務省とは帝国全土の軍政を司る機関であり、そのトップである軍務尚書は、軍人でありながら閣僚と同列の存在となる。当然その職に当たる者は帝国元帥であり、「帝国軍三長官」の中でもひとつ格上であった。統帥本部総長や宇宙艦隊司令長官がいかに出兵を主張しても、軍務省が諾と応じなければ軍を動かすことも叶わない。……少なくとも制度上ではそういった扱いである。
フェルナーのわざとらしい祝辞にも、オーベルシュタインは冷めた視線を送るだけだった。
「ローエングラム王朝では、軍権は皇帝陛下に帰するべきものになるだろう。形式ではなく、実質においても。……それはおくとして、省の幹部職員については、私の手勝手で選任して良いと宰相閣下よりご指示をいただいている」
それだけを口にすると、総参謀長は物分りの良い部下と視線を合わせた。
「その青写真作りをせよということですね」
フェルナーが心得たという表情で肯く。
「そうだ」
上官の意を受けて、フェルナーは数瞬のうちに幾人かの目ぼしい人材を思い浮かべた。デスクの端末で彼らの情報を確認していると、オーベルシュタインが自席から立ち上がって、背後にある大窓のそばへ立った。
取り立てて美しい景色があるわけでもないはずだが、上官は折に触れて、その窓から外を眺めている。何が見えるのだろうとフェルナーも試しにその窓を覗いたことはあるが、元帥府の狭い庭と、近隣のビル群しか目に入らなかった。
「閣下」
デスク越しに声をかけると、上官はちらりとこちらを振り返って、また窓外へと視線を戻した。
無精をせずに来い、ということだろうか。
フェルナーは背を向ける上官の左脇へと歩み寄った。
「何を見ておいでですか」
上官に倣って窓の外を見下ろすと、その上官がぎろりとフェルナーを睨みつけた。
「それが卿の用件か」
無機質で冷たい視線に少しも怖じることなく、フェルナーは僅かに肩をすくめて、「半分は」と答える。
「余計な詮索をされるのは好まぬ」
オーベルシュタインは部下の鋭い瞳から目を逸らして、小さな吐息を洩らした。
「そうでしょうか。小官には、聞いてほしいとおっしゃっているように思えましたが」
ふてぶてしく笑うフェルナーに、オーベルシュタインは何かを言いかけたが、部下の方が先んじて言葉をつなげた。
「詮索されたくなければ、先ほど小官がお呼びした際に、デスクへ戻られているでしょう。その場を動かれず、小官をここまで呼び寄せたのには、ここから見える何かを共有しようというご意図がおありだったと推測したのですが」
フェルナーの言にどのような感情が動かされたのかは不明瞭であったが、上官は半白の髪を微かに揺らして、顔は窓外へ向けたまま軽く瞼を閉ざした。
「卿の思い過ごしであろう」
そう言って目をやった先を、フェルナーはさりげなく辿りながら、さらに言葉を重ねた。
「では、無意識というものでしょうか。まぁ……閣下がお話になりたくないとおっしゃるなら、無理に質そうなどとは思いません」
黙って肯いた上官を横目で見やりながら、フェルナーは考えを巡らせた。

オーベルシュタインがこうして窓の外を眺めるのは、珍しいことではない。
しかし、そう頻繁ということでもない。
ひと月に一回あるかないか……いや、毎日のようにということもあった。
あれは……
ちょうどこの季節だった。

フェルナーがローエングラム元帥府に下った直後、リップシュタット戦役の真っただ中の5月。
多忙の極みであったあの時期、オーベルシュタインは最も多くこの場所に立っていた。
やがて戦役の終息とともに彼も職務へ没頭していき、その後は時折、思い出したように眺める程度だった。

次いで、翌年の5月。
ガイエスブルグ要塞を使ったイゼルローン攻略作戦が進行していた時期だ。
不本意な出兵を嘆くように、窓外へ目をやる時間が増えた。
じっと、身じろぎひとつせず、何かを考え込むように。

そして、今年だ。
長期の出征から帰還したのが6月初旬。
帰還したその足でこの執務室に入り、まもなくこうしてここに立つ。

5月から6月に、何か思い入れでもあるのだろうか。
5月といえばオーベルシュタインの誕生日もあるが、まさか己の出生を儚んで、ということでもあるまい。
フェルナーが彼の部下になる前のことは、主だったことしか知らないが、二人の間に主従関係が生まれる前年の5月といえば、オーベルシュタインがラインハルトの元帥府に転属した頃である。
確か、イゼルローン要塞失陥時に、司令部でただ一人生きて帰ったとか。
……ラインハルトとの出会いに想いを馳せているのだろうか。

あれこれと考えるうちに、オーベルシュタインの視線が一点に注がれていることに気付いた。それは、元帥府の脇に植えられている、ちょうど淡い桃色の花をつけた小高木だった。夏は比較的過ごしやすいオーディンだが、春の訪れは少し遅い。一般的には4月の終わりに目にするその花は、確かに5月が盛りのようだった。
「あの木は何という名でしょうか、閣下」
確かにその落葉樹を見つめながら、しかしオーベルシュタインは答えない。
「良く見ると、変わった形をした花弁ですね。何か由来でも?」
だんまりを決め込むつもりなのか、能面のような顔の上官は視線も唇も動かさなかった。
「……まるで、十字を刻んでいるようですよ」
しかしフェルナーのその感想に、オーベルシュタインは弾かれたように顔を上げた。
彼の言うとおり、その花弁は4枚のうち向き合う2枚だけが短く、合さり方もあいまって十字架のように見える。おそらく、もとは葉だったものが変化したのだろうと思わせる形だった。
「太古の昔、キリスト教の祖、イエス・キリストの磔に用いられた木であるとの言い伝えがある」
「あの小さな木が、ですか」
部下の問いかけに、オーベルシュタインはうっすらと笑った。
「そのころは、幹の太い立派な大木だったそうだ。杭で打たれたキリストは、神の子の命を絶つという運命を強いられた、その大木の嘆きを聞き取ったのだという。そして、二度とそのような過酷な運命を辿ることのないよう、その慈悲深い御手で祝福され、その木は細く小さな幹となり、決して高く成長することがなくなったのだということだ」
柄にもないことを口にしているという自覚があるのか、ほっそりとした上官の頬が引きつった。
「はぁ。つまり、あの花の形を見た者の中に、想像力豊かな人間がいたということですな」
「そういうことであろうな」
淡々とした返答に、思わず苦笑いを浮かべる。
自分にしろ、この上官にしろ、そういった伝説を信じる部類ではないはずだが、だとすれば、彼はなぜこんな話を持ち出したのだろうか。なぜ、この木を見つめていたのであろうか。理由もなく自然観照に興じているという様子でもないが。
「閣下にも、神の慈悲を求めたい時がおありですか」
フェルナーはそう聞きながら、上官の表情を探るように観察した。オーベルシュタインは眉をピクリと動かすと、右手の甲を青白い額に当てた。
「私は神など信じぬ。信じて救われるならばまだしも、かつて人類の危機に救いの手も差し伸べなかった既存の神など、度し難いとしか言えぬではないか」
何かを押し殺したような顔で、額にある右手も自然に垂れた左手も、緊張をはらんだ拳を作っている。
確かに、神に救いを求めるような人間なら、そも、革命の片棒を担ぐようなことはしていないだろう。神に祈るより、はるかに苦難の多い道なのだから。
そこまで考えて、フェルナーはふと思い当った。
「閣下の選ばれた道には、負うべき重い十字架がありますね」
数々の陰謀を企て、あるいは加担し、そのすべての責めを己で負うという生き方を選択した人物である。
たとえば、宮廷内工作。
たとえば、ヴェスターラント。
たとえば、リヒテンラーデの粛清。
如何に強靭な精神を持っていようとも、心の痛まぬことがあるだろうか。敵への工作ならばともかく、民間人を犠牲にする手段や、僚友を切り捨てる結果を生む方法など、決して心楽しいはずがない。
だが、オーベルシュタインはかぶりを振った。
「誰しも自分の行いの結果は自分で背負うものだ。私だけが特別に重い十字架を負うのではない」
淡々と言葉で否定しながら、しかし上官の目には、怒りとも悲しみとも言えぬ何かがたゆたっていた。その感情の揺らぎの理由を、フェルナーは知らない。ただ、推測することは可能だ。
おそらく……本当に心から渇望し求めた時に、彼はひとかけらの慈悲も、ひとつの救いの手も得られなかったのだろう。深い絶望が、彼の行動の出発点なのだろう。それは、ラインハルトのために背負う重荷などとは、比べ物にならないほどの、大きく深い絶望なのか。
これ以上、上官がこの件について何かを語ることはないだろう。そう感じ取って、フェルナーは意識的に話題を変えた。

「ところで本題ですが、先ほどの青写真の件です」
軍務省の幹部候補のプロフィールを書きこんだ書類を、上官へ手渡す。オーベルシュタインは目を通しながら、時に肯き、時に眉を寄せた。
「秘書官に卿の名があるが、これは却下だ」
上官が書類を指で弾く。
「あれ、なぜですか。適任だと思ったのですが」
オーベルシュタインは呆れたように言った。
「秘書官に将官は必要ない。それに、卿のような好奇心過多な人間は、秘書官職に不向きであろう」
『好奇心』のくだりで痛いところを突かれたフェルナーは、はぁ、と肯くしかなかった。
「官房長にグスマン少将というのも却下だ。官房長職には一定の裁量権を与えるつもりでいる。必要に応じた判断力と柔軟性が必要だ」
これももっともな指摘であり、フェルナーは即座にその条件に該当する人物を探した。
「承知しました。閣下には、候補者がいるのではないですか」
オーベルシュタインは曖昧に肯いて、フェルナーの顔を正面から見た。悪名高い二つの義眼に見つめられても、部下は動じる様子なく上官の唇の動きを待った。
「卿に、と思っている」
「……はい?」
フェルナーは呆気にとられて、半開きの口のまま固まった。
「卿が望まぬなら他の者を起用するが、軍務省へ移籍する気があるなら、卿を官房長にと思っている」
真顔で冗談を言うような上官ではない。つまり本気だ。そう理解して、やっと少しずつ頭の回転が追いついてきた。
「いや……望むも何も、官房長は尚書に次ぐ役職ですよ。中将か、せめて私より経験のある少将をもって、その職に充てるべきでは」
オーベルシュタインは彼を見つめたまま、軽く首を振った。
「私の手勝手を優先して、と言ったはずだ」
「閣下の手勝手とおっしゃるのに、私に選択権を与えて下さるのですか。命令なされば宜しいでしょう」
義眼の上官は、なぜか困ったように眉間に皺を刻んだ。
「面従腹背で臨まれては困る。それに……卿を服従させたいとは思っていない」
逡巡するような視線と、眉間の皺の両者の意味合いが、どこか分かったようにフェルナーは思った。目の前の冷静な上官にも、ある種の制御しがたい感情があるのだ。迷い、動揺、そして怯え。
そう気づいた時、上官があの花を見つめる理由の一端を想像するに至った。あるいは、胸の内にある焦りや揺らぎを抑えるためなのではないか。キリストの慈悲を頂いたというあの花に、羨望の眼差しを向けて、己の怯懦を恥じながら慈悲を求めて……?「感情のない」と表現される上官の、確かな感情の動きを垣間見たような、不思議な感覚に囚われて、フェルナーは思わず破顔した。
「ははは……そんな口説き文句を言われたら、断れる訳がないじゃないですか」
躊躇いなく諾(ヤー)と答えたフェルナーの、その笑顔を見つめる冷徹なる義眼が、いかなる感情を隠しているのかは定かではなかった。

「思い出しましたよ、閣下」
自席に戻ったフェルナーが、仕事を再開していたオーベルシュタインへと囁いた。
「あの木の名は”Amerikanischer Hartriegel”、別名”Dogwood”でしたね」
そうか、と、オーベルシュタインは関心のなさそうに肯いた。
「その名から想像されますが、犬にまつわる木のようです。何でも、犬の病気を治す木だったとか」
そうか、という言葉は同じだったが、その目は明らかに穏やかな色をしていた。
「愛犬家の閣下には、お似合いの木ですね」
フェルナーの言葉に、オーベルシュタインは戸惑ったような仕草をした。
「犬、か」
そう呟いて、面映ゆそうに目を伏せる。
フェルナーは、再び”Dogwood”…「花水木」の見える窓へと目を向けた上官の、その柔らかな表情を眺めて息を吐いた。

新王朝の軍務尚書となったオーベルシュタインは、初めて足を踏み入れたオフィスから当然のように外を眺めて、先回りしすぎた部下の気遣いに目を細めて肯いたという。

(Ende)


~あとがきもどき~

5月、オーベルシュタインの身に何があったのか、一応設定はあるのですが舞台ネタなので、あえて書きませんでした。まあ、彼のことだから色々と壮絶な過去が。

ちなみに、花水木の花言葉は「私の想いを受け入れて」と「返礼」だそうです。特に花言葉を絡めてはおりません。

この話、実は2種類のネタを強引につなげてしまったもので、書き上がってから、やっぱり分ければ良かったと後悔しています。ひとつは、「オーベルシュタインが軍務尚書になった時、いつのまにかフェルナーも軍務省の人間になっていたけど、普通、上司の異動に部下が付随するなんてことはないよね」という疑問。もうひとつは、ハナミズキの英名が「dogwood」で、キリスト云々の由来を見て絡めたくなったというもの。

ぐだぐだですいません(汗)。最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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コメント

ゆいさん、こんばんは。リラです。

途中までものすごくシリアスな閣下だったのですが、官房長官任命あたりからだんだんポーカーフェイスが崩れ始めて、「卿を服従させたいとは思っていない」と、フェルナーの前で困った顔をする場面では、思わず「閣下、かわいい~」とか思ってしまいました(←すみません)

なんか、口下手で不器用な閣下の精一杯の口説き文句って感じでした。
彼はフェルナーに断られたらどうするつもりだったんでしょう。

言われてみれば、フェルナーの官房長就任って、わりと異例の大抜擢ですよね。
閣下とフェルナーって、二人でワンセットみたいなイメージだったからスルーしてましたが、フェルナーはまだ准将で、ふつうなら軍務省ナンバー2の官房長には、ゆいさんが書かれていたように中将以上の人物が充てられそうですよね。ロイエンタール元帥やミッターマイヤー元帥には、ベルゲングリューンとかバイエルラインらの「大将」がついているんですから。

閣下のフェルナーへの信頼度が再認識できて楽しかったです。
それにしても閣下、フェルナーを官房長官にと決めていたのなら、青写真つくらせる前にそういえばいいのに。照れ屋さんだな~。


リラさん、こんばんは。コメントありがとうございます^-^

> 思わず「閣下、かわいい~」とか思ってしまいました(←すみません)
いやー、そこは「かわいい」と思って頂くのが狙いですから(笑)ありがとうございます。
断られたら、たぶん、内心で凹むんじゃないかと…。なので、あえて「怯え」という言葉も入れました。誰が相手でも、その信頼関係に自信を持てない人なんじゃないかなと……彼の行動傾向的に。(←妄想過多)

そして、フェルナー大抜擢の謎。OVAではフェルナーも少将なのですが、それにしても元帥の直属が少将とは……?ですよね。
艦隊司令官になれる中将以上の将官には、内勤をさせないのでしょうかね?不思議ですが、それでも一人くらい、次官級の職だけでも中将以上の人材がいた方が、まとまるんじゃないかなと思うのですが。
「これ以上登場人物増やせない!しかも軍務省とか滅多に出てこない部署のために」というのが、真実なのかもしれませんが。

> 照れ屋さん
ですよねー。まぁ、そこが可愛いんです!(キリッ
青写真の中に、フェルナーが自分の名を入れてくるか、まったく除外してくるかで、「軍務省へ移る気があるのか」を見極めたかったのかも……?(妄想

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