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2013年8月19日 (月)

ほぐす (銀河英雄伝説 二次小説)

「髪の毛を触る」のはホモじゃない!公式がそう言っているので、この二人も腐ってません。上官思いの部下と、部下の好意に甘えちゃった義眼さんのお話です。
Line4

ほぐす


「はぁ……」
小さからぬ吐息に、アントン・フェルナー准将はコンピュータ端末から顔を上げた。
ところは軍務尚書の執務室、在室者は自分と上官パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥の2名だけであった。かっちりと嵌め込まているはずの窓ガラスから、外の冷気が忍び込んでくるような12月の初旬である。
思わず覗き込んだ上官の横顔は、常と違わぬ青白く情緒というものを感じさせない冷たさを保持していた。おそらく無意識に漏らした溜息であったのだろう。オーベルシュタインの方は手元の書類に視線を落したままであった。
フェルナー自身も端末へと注意を戻しかけてから、それでも釈然としないものを感じて、しばらく無機的な文字列を眺めた。
この上官の溜息など、フェルナーが小うるさく詰め寄った際に、呆れて溢すもの以外耳にしたことがない。それほど彼の上官は、自身の気分や機嫌を表すことのない人物であった。それが無意識にとは、よもや体調でも崩しているのではあるまいか。日ごろの激務を顧みるにつけ、良からぬ懸念は増すばかりだった。
改めて今一度上官を観察すると、険しい表情はいつもと変わらなかったが、眉間の皺が心もち深いように感じられた。
「……っふぅ」
パサリと書類を置いて、オーベルシュタインは顔を上げた。息を深く吸い込んで思い切り吐き出す姿は、まるで不快な全てのものを体内から追い出そうとしているかのように見えた。
「お疲れですか、閣下」
ゆっくりと肩を回すオーベルシュタインへ、フェルナーが気遣わしげに問いかける。オーベルシュタインは再度息を吐いてから、部下の方へと目をやった。無機物ゆえに冷ややかな印象を助長する両の義眼が、癖のある銀髪の部下の端正な顔を捉えた。
「いや、疲れてはおらぬが、どうにも肩が強張ってな。気になって仕事が手につかぬとは、吾ながら情けない」
自嘲気味に笑って、首をぐるりと回す。フェルナーは上官のデスクの前まで立って行くと、正面から上官の動きを見た後に、その右脇へと回った。オーベルシュタインが僅かに怪訝そうな表情をした。
「肩を回されるなら、右手を右肩に左手を左肩に添えて、腕を肩と同じ高さに構えた状態で回すのが効果的ですよ。肩甲骨からしっかりと動きます」
「ほう……」
言われるままに体を動かす上官へ、にこりと笑みを浮かべて肘を支えてやる。
「いかがですか?」
3回ほど回したところで腕を下ろさせると、フェルナーは上官の顔を覗いた。
「ああ、なかなか良い助言だった。腕を下ろしたまま回すよりも可動範囲が増えて気持ちが良いな」
ええ、と肯きながら、今度は上官の右肩に手をやる。
「もうひとつ、効果的なストレッチです。右肩を竦めるように上げてみて下さい。……そうです。そのまま、顔は左下に向けます。そのまま右肘を曲げて、ぐーっと後ろへ突き出します。ゆっくりですよ、関節を痛めないように」
「うっ……くっ……」
オーベルシュタインは無意識にぎゅっと目を閉じた。
「閣下、力を抜いて下さい。目を開けて、ゆっくりと息を吐きながらもう一度」
ふぅっと息を吐く音と微かな衣擦れの音だけが、数秒のあいだ執務室の中に響いた。時間をかけて逆の腕も同じように行うと、フェルナーは上官の腕を解放した。
「どちらの肩がより凝っていらっしゃるか、ご自分でお分かりになるでしょう」
フェルナーの問いに、オーベルシュタインは静かに肯いた。
「ああ。左が、思いのほか動かぬな」
「小官にもそう見えました。こまめに少しずつ動かすのが一番ですが……少しお揉みしますよ」
言うや否や背後に回り込んだ部下に、振り向く間さえ与えられず、オーベルシュタインは両肩に手の温度を感じた。
「もう結構だ、フェルナー准将。卿の仕事がはかどるまい」
緩く撫でほぐすようなマッサージに心地よさを覚えながらも、オーベルシュタインは部下の手を制止した。しかしながら制止された部下の方は、微塵も気にせずに上官への奉仕作業を続ける。
「小官の仕事は、閣下の仕事の進み具合に左右されます。ですから、閣下の肩凝りが改善され、閣下ご自身の仕事が捗ることが肝要なのですよ。……まあまあ、とやかく言う前に、もう少し力を抜いて下さい。痛くなんてしませんから」
「そういう問題では……」
ぶつぶつと何事か呟きながら、オーベルシュタインは深く息を吐いて全身の力を抜いた。実害はないこと、こういったフェルナーの行動に何を言っても無駄なこと、そして驚くほど彼自身の気分が良くなってきていること。この状況に甘んじる理由をいくつか心のうちに挙げて、オーベルシュタインは軽く瞼を閉じた。
肩にかかるフェルナーの大きな手の感触とぬくもりだけが、彼の五感を刺激した。やはり、疲れていたのだろうか。弛緩しきった上肢が、だらりと椅子の脇を所在なさげに彷徨った。
「首にもかなり凝りがありますね」
上官を気遣ってか抑えられた声が、まるで春先のそよ風のように心地よく耳に響いた。
「そうか」
目を閉じたまま応じると、部下の指が首筋にのびて、硬直していた首の付け根がたちまち温かくなる。
「閣下のこの肩に、どれだけ多くの責任が乗っていて、どれだけの人間が助けられているのでしょうね」
この不遜な部下が、どのような表情でそう言ったのだろうか。想像すると可笑しくなり、オーベルシュタインは微かに口角を上げた。
「ふっ……異なことを言うな。誰かを陥れこそすれ、救うようなことはない。私に対する、それが一般的な評価であろう」
無機的な人工眼球が見えないせいだからなのか、日頃の冷たさではなく、物悲しい自嘲のようにフェルナーには聞こえた。
「一般的な評価など愚にもつかない中傷ですよ。閣下の取られた策によって、皇帝(カイザー)を含め吾々はここまで来たのですし、提督方とて所詮は敵を殺して味方を救っている生き物。一方を犠牲にして一方を助く、その原理は何ら変わらぬではないですか」
フェルナーがいつになく向きになっているように感じられる。
「そうかもしれぬな」
小さく答えて、ふっと息を吐いた。向きになった部下に、オーベルシュタインはなぜだか感謝したい気持ちになった。自分の言いたいことを代弁してくれたような気がしたのかもしれない。

よくよくこの男は理解できぬ。
他の部下たちとは一線を画し、従順とは言えず己の意見を主張し、かといって不快になるまで踏み込んで来ることはしない。
それなのに……
それなのに、気付けばすぐ横におり、こうして凝り固まった自分の世界に、新奇な風を送り込んでくる。
ちょうど良い距離に、この男はいつもいる。
彼にとってそれがメリットになるのか、それとも他の目的があるのか想像もし得ぬが、確かに自分の足元の一部が彼によって支えられているのだと知る。
時々無性に、彼へすべてをぶちまけてしまいたいと思うことがある。
自分の心の澱を、すべて。

「時折……時折な、訳もなく空虚な気分になることがある」
乾いた唇をそっと舐めて、オーベルシュタインは瞑目したままそう言った。声は低く、頼りなげであった。フェルナーは黙って肩を優しくさすりながら、上官の次の言葉を待った。
「言葉を武器にして正論を振りかざし、復讐だけを糧に生きてきた私にとって、陛下が御即位されたのちの余生など、必要があるのだろうかと。他の目的は見出せぬだろうかと考えあぐねた挙句、こうして昼夜を問わず自らに軍務を課してきたのだ」
とんだお笑い種だと、小さく呟いて口元を歪めた。
「虚しいとお思いですか」
首から肩甲骨にかけてをゆっくり滑らかにさすられ、マッサージの一環であると理解してはいても、誰かに抱擁されているような錯覚に陥った。
「ああ、そうなのだろうな。復讐心に燃えていた時には気にも留めなかったが、目的を失って初めて、倒すべきものも愛すべきものもない我が身が、ひどく小さく遠く、色のない存在に思えた」
垂れ下がっていた右手が、無意識に何かを探して蠢いた。だがその手元に触れるものは見出せず、寄る辺なく元の位置へと下ろされた。
寄る辺なく。何かにすがりたいと、この体は動いたのだろうか。
「いっそご結婚されて、愛すべき存在をお作りになればよろしいのではないですか」
右手の動きを見咎められたのか、フェルナーの手が肩から両の二の腕へと、そっと下りてきた。オーベルシュタインはかぶりを振った。
「子を成せぬ私が、か」
上官の平淡な声に、今度はフェルナーがかぶりを振る番だった。
「劣悪な遺伝子など存在しません。閣下のその目は遺伝しませんし、仮にしたとしても、もはや蔑まれることのない世の中を、閣下ご自身がお作りになったではありませんか」
元々色の薄い下唇が、きゅうっと噛まれて更に色を失った。
「蔑視や差別はそう簡単にはなくなりますまい。ですがその分、閣下が御子を慈しんでやれば良いことです。苦しみをご存じの分、閣下にはそれがおできになるでしょう」
機械の瞳をその瞼の下に隠したまま、オーベルシュタインは僅かに顔をしかめ、口を引き結んだ。
「無理だ……」
ようやく出たその言葉が、結婚云々に関する回答だけでないことを、フェルナーは悟った。
「自分が自分の遺伝子を認められないのだ」
歪んだ顔はそう言っていた。フェルナーは黙ったまま、思わず上官の肩をぎゅっと握った。
「つまらぬ愚痴を聞かせた……。感謝する、フェルナー准将」
すまないではなく感謝するという言葉に、フェルナーは虚を突かれた気がした。多少なりとも上官の心がほぐされたのだろうか。そうであれば良いと、苦悶するような上官の顔を背後から覗く。

私は、あなたの解毒剤になれていますか。

手先に込めていた力を緩めて、フェルナーは首から背中へ向けて流すように数回マッサージをすると、ゆっくりと上官の右脇へと戻った。
「閣下」
そっと声をかけたが、オーベルシュタインは目を開けなかった。眠ってしまったのか、そうしていたいだけなのか、フェルナーにも分からなかった。落ちかけていた白髪交じりの前髪を、試しに静かに掻きあげてやると、
「う…ん……」
と、小さく呻いて、また静かな呼吸を始めた。
奥歯をぐっと噛みしめているのか、しかめ面は変わらない。
「天使の寝顔とは程遠いな」
これでは肩も凝るはずだと、フェルナーは独りごちた。
上官の手元にあった書類を片付けながら、しばらくその様子を眺めていると、控えめなノックの音が静寂を破った。
「閣下、シュルツ中佐です、失礼します」
ドアの前で敬礼をしたシュルツが、軍務尚書と官房長の二名の姿に一瞬息を呑む。
「ど、どういうことですか!?閣下……眠っていらっしゃる?」
フェルナーがにやりと笑って肯くと、シュルツの顔がたちまち赤くなった。
「ずるいですよ、准将!准将ばかりが、こんな閣下の姿をご覧になって!……そ、そうだ、写真、写真を……」
そう言って携帯端末を取り出そうとするシュルツに、フェルナーは咎めるような視線を送った。
「静かにしろよ、シュルツ。……もう少し、俺達だけで『眠れる森の閣下』を堪能しようじゃないか」
声を殺して笑う部下たちに見守られ、オーベルシュタインは束の間のうたた寝を続けていた。


(Ende)

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