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2014年4月15日 (火)

シェルター (銀河英雄伝説 二次小説)

一時期、スマホの閉じ込め画像が流行った時に、「私は絵が描けないから~」と言っていたら、「じゃあ閉じ込め小説でいいよ」と言われたので、遅ればせながらUPしました。軍務省コンビの閉じ込め小説です。いつも通りpixiv同時掲載です。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3684442

Line4


シェルター


 その日、新銀河帝国軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、官房長アントン・フェルナー少将と幾人かの護衛を連れて、新設される陸上訓練施設の視察へ出かけていた。自由惑星同盟が有名無実化した現在、新たな軍事施設の必要性に疑問も呈されるところではあったが、であればこそ、実践の機会の少なくなる将兵たちの訓練施設を確保する必要はあるだろうというのが、施設建設の理由であった。

ともあれ、あとは正式な認可を待つばかりとなったその訓練施設の視察に、オーベルシュタインは昼からの半日を費やすことになっている。
「お待ちしておりました、軍務尚書閣下」
防弾対策の取られた地上車から降り立った軍務尚書一行を出迎えたのは、不健康に青白い皮膚とでっぷりとした腹が狸を思わせる軍事設備管理局長と、痩身で吊りあがり気味の目から狐を連想させる設計建築責任者の二名であった。フェルナーは上官の斜め後ろに降り立つと、あと一名の不足を咎めるように眉根を寄せた。その表情に気が付いたのか、管理局長の方がすかさず「現場責任者はこの中でお待ちしております」と付け加えた。
オーベルシュタインは首肯して先を促し、その施設へと歩を進めた。
「こちらが主な屋内訓練場を備えた建物です。陸戦訓練、空戦訓練、砲塔訓練、操縦訓練等の各種屋内訓練場と医務室、静養室からなっております。この建物の南には大規模屋外演習場と、その西に宿泊施設があり、総面積約35万平方キロメートルです」

現場責任者を名乗る男と合流し、管理局長が案内役を務める形で視察は進んだ。前王朝からの悪しき因習から脱した、華美でない機能的な造りの訓練施設は、少なくともこれまでのところ不備な点も見当たらなかった。
しかし、フェルナーの頭の隅で、釈然としない何かが漂っている。
施設の前に降り立った瞬間から、その違和感がつきまとい、油断するなと警告を発していた。

軍事設備管理局長にしろ設計士にしろ、姓名はともかく人相まではフェルナーも知らない。事前にデータバンクへ照会しておかなかったことを後悔していた。彼らが工作員でないと言い切れる証拠はひとつもないのだ。それに、現場責任者だけが屋内にいたのはなぜか?何者かとすり替わるためではなかったのか?

違和感の正体を掴めぬまま、フェルナーは小走りでオーベルシュタインの背中を追った。
「閣下」
声をひそめて上官の肩の間近へ寄ると、オーベルシュタインがちらりとフェルナーへ視線を向けた。
「理由は申せませんが、ご用心下さい」
早口で告げたが、軍務尚書は理解した様子で小さく肯いた。何事かを発しようと、色の薄い唇が開かれた時、前を歩いていた管理局長が足を止めた。

「この建物ではこちらが最後になります」
勿体ぶった口ぶりそう言うと、電動扉の脇のパネルを操作して見せる。
シューッと音を立ててロックが解除され、その大きさからは意外に思えるほど静かに、扉が中央から上下左右へと別れていった。大仰で分厚い壁のような扉である。
「ここは、平時は会議室など多目的な場となる予定ですが、もうひとつ、地下という条件を活かした設備がございます」
当ててみろとでも言うような得意げな目で、管理局長はフェルナーに向かって浅ましい笑みを浮かべた。フェルナーが卒なく困惑してみせると、その笑みは更に満足げなそれに変わって、ぐんと胸を突き出した。そして大儀そうに息を吸い込むと、
「この部屋は何と、非常時には大型シェルターとしても機能するようになっているのです」
オペラでも歌い出すのではないかと思うほど、芝居がかった管理局長の声が、殺風景な地下シェルターに響き渡る。感嘆の声が上がるのを待つかのような沈黙。だが誰ひとり彼の期待に応える者はなく、管理局長は何とも言えない笑みを張り付かせたまま天を仰いだ。
無論、オーベルシュタインもフェルナーも事前に設計図には目を通している。当然、ここがシェルターの役割になることも承知していた。ゆえに初めから驚きなどしなかったのだが、護衛隊長ヴェストファルやその部下たちも、特別そのようなことに動じる人間ではなかったため、結果として反応する者がいなかったのである。
朗々とした語り口から一転して、しょぼくれた狸のような風体になった管理局長を気遣わしげに見やりながら、痩身の設計士が言葉を繋いだ。
「では、具体的なご説明をいたしましょう。まずこの部屋は地下65メートルの位置にございます。約10m×6m、高さ約3mの半ドーム型になっており、装甲扉を閉鎖することで完全な密閉空間になります。濾過機能を持つ強制給排気装置により、有害ガスなどを完全にシャットアウトできる仕様です」
ほう、と、今度こそ感嘆の息が漏れる。管理局長がちらりと忌々しげな顔をしたが、やはり技師の説明には叶わないと理解しているのか、口を開こうとはしなかった。
「さらに波状攻撃への対応として、このシェルター内部にも隔壁を設けております。……ちょうどこのあたりの、約4m×2mだけの狭いスペースで仕切られることになります」
最終的な要人護衛用とでもいうところであろう。外壁や装甲扉、隔壁の厚みや強度などの説明を聞いて、オーベルシュタインはちらりとフェルナーへ視線を投げかけた。今のところ、これといった変事は起こっていない。無論、起こらないに越したことはないのだが、こういった状況でのフェルナーの勘がかなり鋭いことを、この軍務尚書は知っていたのだ。あまり公表されていないが、王朝の影の部分を担うオーベルシュタインが、襲撃を受けることは珍しくなく、かつては実戦部隊を率い、現在では潜入調査も手掛けるフェルナーの嗅覚に、たびたび救われていたのである。
「では、屋外演習場へご案内します」
設計士の説明が終わるや否や、管理局長が腕を大きく振り上げ自己の存在を主張した。その時である。
地上方面で爆発音が響いた。ヴェストファル中佐が音の方向へと視線をやる。あからさまに殺気立ったり動き回ったりしないのは、さすがプロというべきであろう。
「遠いな」
この場では最高位であるオーベルシュタインが、常と変らぬ声で呟くと、フェルナーとヴェストファルが同意するように肯いた。
「おそらくこの施設そのものではないでしょう」
平常心を失わない一行の中に、しかしそうでない者も複数存在した。
「わ、私は外の様子を見て参ります!」
管理局長と現場責任者が駆け出し、設計士が慌てて追いかけていく。様子を見るというのは口実で、逃げ出したいという本音があからさまに感じられた。本来であれば賓客を置いて立ち去るなど、あり得べからざる行為である。
フェルナーが呆れたように息を吐いて、
「我々も出ますか」
と上官の表情を窺った。
オーベルシュタインは乏しい顔面の筋肉を僅かに動かして、諾と答えた。
「陽動という可能性も考慮に入れるべきだな」
そう付け加えるて、ヴェストファル中佐率いる護衛隊に通路の安全確認を命じた。するとすぐさま、フェルナーから反論がある。
「おっしゃる通り陽動であれば、護衛隊は閣下のおそばにいた方がよろしいでしょう」
オーベルシュタインは何の感情も湛えない機械の目で、部下の翡翠の瞳を睨みつけると、小さくかぶりを振った。
「卿がいれば十分であろう」
上官の返答を聞いて、ヴェストファルら数名の護衛隊が駆け出して行く。フェルナーは彼らの遠ざかる足音を聞きながら、上官へ不敵な笑みを向けた。
「ずいぶんと小官を買って下さっているのですね」
何しろプロの護衛隊がいなくても、フェルナー一人で大丈夫だと言ってのけたのだ。それだけ信頼していると口に出したようなものだと、フェルナーは思う。
しかし当のオーベルシュタインは、部下の軽口に沈黙を保ったまま、やや表情を険しくさせた。もっともフェルナーの方でも、はなから返答など期待していなかったから、小さく笑うだけにとどめた。
「何があっても守りますよ」とは、決して口に出さなかったし、その必要性さえ感じなかった。
ひとつの備品もない会議室兼シェルターの殺風景な空間は、何やらうすら寒さを感じさせる。オーベルシュタインは強制給排気装置らしい大型の機械と、装甲の厚い壁をぐるりと眺めると、諦めたように設計図を挟んだファイルへと目を落とした。フェルナーはそんな上官の背中に注意を向けている。
「閣下、我々も出口の方へ……」
言いかけて、言葉が切れた。
先ほどまで視線の先にあった分厚い装甲扉が、フェルナーの視界から消失していたのである。もっと正確に言うならば、別の障害物によって扉が視界に入らない状態になっていたのだ。
「閣下!」
呼びかけるまでもなく、オーベルシュタインも現状を認識していた。シェルター内をさらに小さく仕切る隔壁が下りていたのである。
「落ちつけ」
日頃自分の前でさえ歪んだことのない部下の顔が、緊張と動揺で強張っているのを見て、オーベルシュタインは低い声でたしなめた。
「ヴェストファルらが外にいるのだ。事故であれ故意であれ、いずれ助けが来よう」
腹をくくったのか元々危機感が欠乏しているのか、あるいは己の生命への頓着がないのか、帝国の重鎮は面白くもなさそうにそれだけ言って口を閉ざす。
わずか8平方メートルの空間で、二人は互いの息遣いだけを聞きながら時の経つのを待った。
「閣下は、事故だとお考えですか?」
外界の音も光も遮断された部屋で、今やるべきことは上官の無事を確認し続けることだけだ。フェルナーはそう認識して、オーベルシュタインへぼそりと言葉を投げた。オーベルシュタインの方はその意図を察した様子でもなかったが、他にすべきこともないためか、呟くような答えが返って来た。
「装甲扉も隔壁も、音もなく閉まった。本来鳴るべき警告音が消されていたと見るべきであろう」
上官の指摘は的を射ていた。まったく明らかに人為的なことだ。フェルナーは肯いて更に続けた。
「何者の仕業でしょうか」
フェルナーの問いに、オーベルシュタインは初めてファイルから目を上げた。軽く閉ざされた瞼から、その義眼の揺らめきは窺えない。やがてゆっくりと目を開けると、小さく息を吐いた。
「憶測にしかならぬが、恐らくは軍事設備管理局長と名乗る男が関与しているであろうな」
憶測と言いながらも断定に近い響きを持っている。フェルナーは僅かに目を見開いて、その真意を問いただした。この上官であれば、フェルナーが初めに感じた違和感の正体を、あるいは言い当てるかもしれない。
「青白い肌だ」
オーベルシュタインはそこで言葉を切って息を継ぐと、部下の反応を見やりながら続けた。
「工部尚書であるシルヴァーベルヒでさえ、たびたび新首都建設現場へ足を運ぶと聞く。管理責任者であれば、その職務の半分は現場にあるべきであろう。にもかかわらず、陽にさらされたことのないような青白い肌をしていたあの男は、彼の名を騙る別人だ」
ああ、その通りだ。フェルナーは疑問が氷解した気分になった。彼ら三人の顔を見て覚えた違和感は、青白い顔に不釣り合いなヘルメットをかぶった管理責任者の男だったのだ。それを容易く見抜いた上官の洞察力に、フェルナーは改めてぞくりとした寒気を覚えた。

いや、違う……

「閣下、寒くなっていませんか」
フェルナーは無意識に両腕を抱え込むようにしてさすった。明らかに室温が低下してきているように感じる。オーベルシュタインは相変わらず顔色一つ変えずに肯いた。
「先ほどから空調も止まっているようだ」
はぁ、と翡翠の目を翳らせてフェルナーが溜息をつく。
「視察先で凍死だなんて、ご免こうむりますよ」
端正な顔に刻まれた眉間の皺が、いっそう深くなる。このような状況でなければ、この部下の変化を楽しんでいたかもしれない。オーベルシュタインはしかし、そんな部下へ追い打ちをかけた。
「真冬で地上が極寒の地とでもいうのなら凍死もあり得るが、この季節にこの地ではさほど問題になるまい。それよりも他に、問題にすべきことがある」
そう言うと、空調設備の横にある稼働していない強制給排気装置へと目をやった。
「あ……」
フェルナーは思わず口を開けたまま瞠目した。
「完全な密閉空間で、給排気が作動していない。おそらく寒さよりも酸素不足が先に我々を脅かすであろう」
唖然とするフェルナーをよそに、オーベルシュタインは壁の隅を手探りし始める。机や椅子といった備品さえ満足に揃っていない部屋である。この期に及んでこの状況を覆す何かがあるとは思えない。およそ8平方メートルの空間は、荷物のない倉庫という以上の印象を与えなかった。目に入るのは空調と給排気装置、そして配電盤だけである。フェルナーは情けないほどに膝の力が抜け、その場に座り込んだ。
「フェルナー」
壁をぐるりと一周探ったらしいオーベルシュタインが、フェルナーの傍らに立つ。ひょいと何かを差し出されて、反射的に顔を上げた。
「気休めにしかならぬが、いざという時は躊躇わずに使用することだ」
上官の手には携帯酸素が4本あった。扉の開いた配電盤には、携帯酸素の収納スペースのほか、非常用の懐中電灯が設置されていた。缶に描かれているゴシック体の「O2」という文字が、妙に恐怖をかき立ててくるように感じた。はっきりとした現実感を伴ったせいだろう。未だ酸素の薄さを感じていないフェルナーは、どこかこの密閉空間に対しての危機意識が低かったのかもしれない。
「使わずに済むことを祈って下さいよ、閣下」
そう言って引きつった笑みを浮かべたフェルナーを、わずかに細めた瞳で見つめると、オーベルシュタインもやや隙間を開けて腰を下ろした。
「24立方メートルの空間だ。24,000リットルの空気が存在するから、理論上は二人でも丸一日生きのびることができるはずだが、この中の空気には対流がないため酸素濃度に偏りが生じよう。せいぜい半日以内に救助が来ることを祈るしかないであろうな」
ありがたくない予測を平然と述べると、余計な酸素を浪費しないと決め込んだのか、オーベルシュタインはその唇を閉ざした。フェルナーは壁に背中をつけて座り直すと、あまり高くない天井を見上げた。半ドーム状の天井の一部だけが見える。

『何があっても守りますよ』

先ほど言わずに胸の内に収めた言葉が、フェルナーの胸の中に恨めしげに蘇る。自分は何を驕っていたのか。今こうして、上官の危機に自分は何一つできていないではないか。設計士が得意げに語っていた堅牢な要塞とも言えるシェルターが、軍務尚書への凶器になっているのだ。なぜ、違和感を覚えた時点で視察を中止しなかったのか。フェルナーの頭には後悔の二文字しか浮かんでこない。あの時点で理由をつけて中止を言い渡せば、何かリアクションがあったかもしれないが、屋外であれば対処のしようもあったはずだ。それに、ヴェストファルらもいた。
「そういえば、護衛隊が戻ってくる様子もありませんね」
思い出したようにフェルナーが呟く。
「これが計画的な行為だとすれば、彼らもどこかで足止めされているのだろう」
膝を立てて座るオーベルシュタインは、凛とした姿勢を崩さずに、こちらも呟くように応じた。
「ともかく、無駄な体力を浪費せぬ方が良い。眠ってしまうのもひとつの手段だろうな」
そう付け加えると、自身も軽く目を閉じた。緊張状態のフェルナーはさすがに眠る気にもならず、さりとて目を開けていても良い思案が浮かぶわけでもなく、半ば上官に言われるがまま、翡翠の瞳を瞼の裏へと隠した。
今日は午後いっぱい視察の予定であった。多少帰りが遅くなったところで、軍務省に残るシュルツ秘書官の方でも不審に思わないだろう。様々なことが災いしているのだ。
考えるだけで、気分まで悪くなる。
ああ、それにしても寒い……。

 ふと目を開けて、フェルナーは自分が眠りこんでいたことに気付いた。あれほど眠れないと思っていたはずだが、自分はやはり神経の太い方なのだろうと苦笑する。欠伸をひとつすると、微かではあるが酸素の薄さを感じた。フェルナーの動きに気付いたのか、オーベルシュタインもゆっくりと目を開いた。こちらは欠伸こそしないが、不快そうに眉間に皺が寄っている。
「頭痛や吐き気はないか」
上官の問いに、否(ノイン)と答える。両者ともに軍人としての専門教育を受けて来た身である。酸素欠乏症に対する知識はあった。オーベルシュタインは「そうか」と肯くと、それ以上は何も口にしなかった。フェルナーは右手で拳を作ると、コツンと床を叩いた。分厚い隔壁まで這い寄ると、ドンドンと叩いてみる。無駄だと分かってはいるが、外の状況も不明である。こちらの状態が気付いていない可能性も皆無ではあるまい。誰かに知らせられればという一心であったが、十数回叩いたところで腕を下ろした。
この隔壁の先には、更に分厚い装甲扉があるのだ。この音はその扉さえ越えることはできないだろう。フェルナーは元いた場所へ戻ると、再び膝を立てて座り直した。上官の横顔を眺めると、また眠ってしまったのか、両の瞼は閉ざされていた。


 それから三時間ほども経過した頃だろうか。オーベルシュタインは顕著な息苦しさで目を覚ました。肺が十分に膨らまず、浅い呼吸だけで意識を保ち、ひどい頭痛に見舞われていた。
「閣下……」
安否を確認する部下の声が聞こえた。オーベルシュタインが、視線のみを僅かに動かして無事を伝える。部下の額にも脂汗が浮かんでいた。
「俺たち……このまま……死ぬんでしょうか……ね」
いつもは突き刺さるような翡翠の目が、ぼんやりと潤んでいる。体を動かすのも辛いのだろう、首だけが軽くオーベルシュタインの方を向いているだけだった。
「予言は……できぬが……最大限の生き残る努力を……するしかない」

言葉を発するだけで激しい窒息感を覚える。オーベルシュタインは携帯酸素を口元へ押しあてた。

死を予感する。
このようなところで?
皇帝(カイザー)を守るでもなく、戦場でさえなく、視察に赴いた無人の訓練施設で、部下と二人で命のともしびを削られていく。
自分の命など惜しんではいない。
やりたいことはまだあった。しかし、新体制の樹立が成った今、自分のような強烈な個性のは必要ない。
王朝黎明期の軍務尚書という任であれば、他の者でも十分に堪えうるだろう。
気がかりなのは、横にいる若者であった。
軍人である以上、危険と隣り合わせであるのは当然だ。
上官を狙ったテロに巻き込まれるのもやむを得ない。
だが、このような状況で命の欠片を削ぎ落とされていくのを見るのは、いかにオーベルシュタインといえども耐えがたかった。
できることならば助けたい。

手のひらに、じんわりと汗がにじんでいた。

「ねえ……閣下……」
苦しげなフェルナーの声が自分を呼ぶ。オーベルシュタインは重たい体を叱咤しながら顔を上げた。
「どうした」
こちらへ首を伸ばすフェルナーを正面から見据える。あれほど敏捷で鋭気にに富んだ部下の顔から、驚くほど生気が失われており、オーベルシュタインは言葉を失った。おそらく自分も似たような状況ではあろうが。
「ちょっと、肩……貸してもらえ……ませんか」
そう言いながら、全身を引きずるように近づいてくる。オーベルシュタインも渾身の力を振り絞って、フェルナーの横へと体を移した。横に並んだ部下の頭が、オーベルシュタインの肩にもたれかかる。はあはあという荒い呼吸だけが鼓膜を振動させた。
本当はできるだけ離れていたほうが良いとか、立ち上がって高所の酸素を取り入れた方が良いといった思考も頭をよぎったが、既に立ち上がる気力も体力もなく、説明するだけの余裕もなかった。
体を動かしたせいか息苦しさが増し、オーベルシュタインは2本目の携帯酸素を開封した。吸ったところで短時間のうちに救助がなければ意味を成さない。気休めにしかならないという自分の言葉が、真実になろうとしているのだ。
「閣下」
と、再びフェルナーの声が聞こえる。もう振り向く気力さえなかった。
「ああ……」
最低限の返答で無事を告げる。このやり取りにも、じきに意味がなくなるのだろう。
「俺、閣下を守れなくて……許して……下さいね……」
「……ああ」
もういいのだ。部下も上官も関係なく、誰が誰を守るという事態を超えている。聡明なこの男であれば理解できているはずなのに、フェルナーはなぜか何度も謝罪を繰り返した。オーベルシュタインの意識も朦朧としてくる。フェルナーの言葉の意味を理解するまでに、しばらくの時間を要した。
「閣下に……俺の酸素……あげ……ま……」
部下の言葉が途切れる。荒い呼吸音が弱まっていた。
「フェルナー……」
返答がない。圧し掛かっている頭をそっと揺らすと、カランカランと未開封の携帯酸素がフェルナーの腕から落ちた。
「フェルナー!!」
オーベルシュタインは思わず叫んだ。目が回り、割れんばかりの頭痛に襲われる。喉を塞がれるような苦痛にもがきながら、オーベルシュタインは愕然とした。

馬鹿なことを!

フェルナーの頭を胸の前に抱え込んで、転がり落ちた酸素缶を開封する。意識を失った部下の口元へ当てながら、自分も大きく深呼吸する。失神した人間へ吸入して、どれほど効果があるのかは知らない。挿管しているわけではないから、大した意味はないのかもしれない。だが、願わずにはいられなかった。

頼むから吸ってくれ。
私は、卿を犠牲にして生きたいとは思っていない!

自分を守る必要などないと、言葉にしてやれば良かった。後悔の念が、僅かに残る理性を苛む。いざとなれば上官を殺してでも生きのびようとする男ではなかったか?不遜な態度で余裕綽々の笑みを浮かべる部下の顔が脳裏に浮かぶ。自己犠牲などという言葉が、もっとも不似合いな人間ではなかっただろうか。それを今更になって宗旨替えするとは、何を血迷ったのか。
様々な思いが脳裏を駆け巡り、部下の身体をぎゅっと抱きしめた途端、激しい息苦しさと眩暈に襲われ、オーベルシュタインの意識もそこで途切れた。


 次に二名が目を覚ましたのは、軍病院のベッドの上であった。上官の方が数日早く職務へ復帰し、遅れて復帰してきた部下へ向かって一言、「愚か者」という労いの言葉がかけられたという。今回の軍務尚書暗殺未遂事件も、これまでと同様、公式発表はなされなかった。


(Ende)

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お読み頂き、ありがとうございました。
フェルナーはそんな殊勝な事しない!とは思うのですが、ここはオーベルシュタインの動揺するところが見たかった(書きたかった)だけです(^^;
お粗末さまでしたm(__)m

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