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2014年7月26日 (土)

モノクロームの背中 (銀河英雄伝説 二次小説)

オーベルシュタイン閣下の御命日!閣下を偲んで、けれどギリギリまでネタが浮かばずにやっつけ仕事です(汗)。オーベルシュタインの死後1年の、フェルナーとその他部下たちが、閣下を偲んでいるお話。閣下らしい姿って何ですかねぇ?
安定のpixiv同時掲載。http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4093923


Line4


モノクロームの背中


新帝国暦4年7月末。夏の日差しが本格化した帝都フェザーンの新銀河帝国軍務省は、初代皇帝ラインハルトの一周忌を目前に、多忙な業務の合間を縫って別の企画を進行していた。
「やれやれ、準備はぬかりないな?」
軍務省官房長を辞任し、調査局長の肩書きのみとなったアントン・フェルナー少将は、デスクの書類を今一度確認すると大きく伸びをした。
「そのはずです」
書類を差し出したシュルツ中佐が、自信なげに微笑む。フェルナーは年若い秘書官を見上げてから、左肘で軍人にしては華奢な脇腹を小突いた。
「おいおい、頼りない返事だな。……どれ、確認してやろう」
そう言って積み上げられた書類を手に取ると、翡翠の目を鋭くして文字を追う。後ろに設けられた大窓から、日除けのために植えられた蔓性植物の隙間をくぐりぬけて木漏れ日が差し込んでいた。
「いかがですか、少将」
「……ああ、これが最終調整か、悪くないだろう。……しかし、先帝ラインハルト陛下の一周忌が明日に迫っているというのに、こちらの準備に専念できるとは、官房長をしていた頃には考えられんことだな」
心なしか晴れ晴れとした声で言ってのけるフェルナーに、シュルツが表情を曇らせた。
「本当なら、フェルナー少将ほど軍務省の全体を把握されている方はいらっしゃらないのに、新尚書は何を履き違えておいでなのか。ご自分の子飼いの部下を突然連れて来て官房長職に据えるなんて……。小官もいっそ秘書官職を解かれたい思いですよ」
シュルツの眉間に深い罅が刻まれる。彼は現在も軍務尚書の首席秘書官として多忙を極めている。そんな彼が上官へのあからさまな批判を述べる様子を案じながらも、自分のことを気遣ってくれる優しさには、素直に嬉しく思った。
「冗談を言うなよ、シュルツ。俺は辞任したのであって解任されたわけではないし、あの人のやりようは基本的に正しい。内情を知る俺にはそれなりの地位を与えておいて、必要があればすぐに呼び出せるポストに置く。一方で、手勝手の良い側近を置いて業務の円滑化を図る。トップが代われば組織が変わるのは当然のことさ。俺としては、いっそ清々しているくらいだ」
「そんなものでしょうか……」
尚も不服そうな顔のシュルツへ更なる軽口を投げようとした時に、ノックの音が響いた。
「そうだぞ、シュルツ中佐。その程度のことで不貞腐れるやつだと思われる方が、こいつにとっちゃいい迷惑さ」
礼装に着替え髪を整えた将校が、鞄を片手に二人の元へ現れた。がっちりとした体躯から訓練された逞しい筋肉を連想させる男だが、その実、彼は実戦経験の乏しい軍官僚であり、この巨大な組織の事務を一分たりとも滞らせることのない事務局長であった。
「グスマン少将!」
「やぁ、早いじゃないか、グスマン」
この場では最年長のグスマンが、二人を宥めるように後ろへ立つ。三人はフェルナーのデスクに積まれた書類の山を覗き込んだ。それらの書類の先頭にあるのは、初代軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインの一周忌参列予定者リストである。当時の軍務省上層部から始まり、末端の下士官や既に退役した者まで合わせると数百名に及んでいる。国家の重鎮を偲ぶにしては寂しい人数であるが、嫌われ者として生きることを厭わなかった故人の人となりからすると、数百という数は予想を上回る多さと言えよう。
「進行役の俺が遅刻するわけにはいかんからな。……それで、フェルナー、閣下の写真は決まったのか」
グスマンの問いかけに、フェルナーは小さく息を吐いて笑った。
「それが、『これ』というのがなくてなぁ」
肩を竦めるフェルナーに、グスマンが苦笑する。
「おいおい、卿が自分で選ぶと言い出したんじゃないか」
「そうなんだが……」
当初、昨年の国葬で使用された遺影を、今年もそのまま使う予定でいたところへ、異議を申し立てたのはフェルナーであった。
「いくらなんでも、あんな『故人を写していない』写真を使うなんて許せなくてな」
そう言ってフンと顔をそむけるフェルナーに、グスマンが首を傾げる。
「俺には分からんがなぁ。御遺影として過不足ない写真だと思うのだが」
シュルツがグスマンの顔とフェルナーのそれを交互に見やってから、デスクの隅に置かれた写真立てに目をやった。それは、オーベルシュタインが故人となって二週間ほどした頃に置かれたものであり、この一年ずっとそこにあった。
「俺はこの写真が好きなんだがなぁ」
フェルナーが無造作に手を伸ばして写真立てを持ち上げる。艶のある黒縁のそう大きくない写真立てには、確かにオーベルシュタインの生前の写真がおさまっていた。それは、先帝ラインハルトの即位式典で正装したオーベルシュタインの姿であり、恐らく式典風景を撮影したほんの些細な一枚であると思われる。
「卿の気持ちは分かるが、なぜよりにもよって後ろ姿なんだ」
写真の中の彼らの上官は、ラインハルトの戴冠を祝う列に参加する後ろ姿であり、彼自身も真新しい灰色のケープを纏った新任の元帥であった。
「なんとなくな。一番あの人らしいような気がするんだ」
なぜだろうか?フェルナーは上官の背に問いかけた。故人は常に前を向いてやるべきことをこなしていく人間であったし、決して後ろを向くことはなかった。さらにフェルナーにとってラインハルトの戴冠式や新帝国の樹立などは、特別思い入れのある事柄でもないはずである。俺はなぜ、この後ろ姿を見ていたいのか。
気が付くと他の二名も懐かしげにその写真に見入っていた。ああ、そういうことか。フェルナーは合点がいった。
「閣下はさ、軍務省と俺たちのこと全てをこの細い背中と肩に乗せて、それでも揺るぎない人だったんだよなぁ。俺はあの人の部下でいる間、ずっとこの背中を見て、それに守られてきたような気がする。生きている間は考えもしなかったが、俺がこの写真にこだわるのは、そういう理由なのかもしれんな」
両脇から覗き込む二人がそっと顔を見合わせて、また写真の方へと向き直った。そこには、ケープ越しにも痩身が容易に見てとれる、けれど何者よりも強い背中がある。誰ひとり褒める者などなかったが、誰よりもピンと伸びた背筋には、度重なる深夜勤務による疲労やストレスなど微塵も表れていなかった。前線に出ぬ臆病者、あるいは軟弱者と揶揄されていたが、彼らの上官は地上の最前線に身を置き、決して弱音を吐かぬ勇猛な武将であった。
「それに、この日は閣下にとって念願が叶った日でもあるだろう?そのせいなのかは分からんが、いつにもまして毅然とした後ろ姿のような気がしてな。……あーあ、分かっているさ、馬鹿馬鹿しい妄想だよな」
フェルナーはそう言って笑ったが、優秀な秘書官も事務局長も揃って沈黙した。この場にその馬鹿馬鹿しい妄想を笑える人間はいなかったのである。それは、つい懐かしくその背中に見入ってしまった自分たちが、最もよく認識していた。間違いなく彼らは、この上官の背中に守られていたし、その痩せた背に絶対の信頼を置いており、それは現在に至るまで変わらなかった。彼らを軍務省の調査局長に任じたのも秘書官に任じたのも事務局長に任じたのも故人であり、彼らがその職を全うするに当たり常に問い続けてきたものは、かつての厳しい上官から求められた職務への姿勢や信条であった。彼らの上官は、今でも”あの”オーベルシュタイン元帥であった。
「ご存命中も偉大な方だったが、死して尚、吾々に語りかける、か」
グスマンはフェルナーから写真立てを取り上げると、デスク用のクロスで丁寧に拭った。シュルツが寂しげに灰色のケープへと目を落とす。
「ああ、もう、湿っぽいのはやめだ。俺が悪かったよ、写真はこれにしよう」
フェルナーは停滞した空気を掻きまわすように殊更大きな声で宣言すると、デスクの一番下の抽斗から大きな平たい箱を取り出した。そこには、きちんと遺影用の額縁に収められたオーベルシュタインの写真があった。何の変哲もないスナップ写真を引きのばしたものであったが、ここにいる三名にはすぐに理解できた。
「これは、去年の暑気払いの写真じゃないか」
グスマンが思わず破顔する。
「去年の暑気払いといえば、嫌がる閣下を強引に連れだしたあの時のですか?」
シュルツが楽しげな声を上げた。思えば皇帝は危篤状態で、彼ら自身も新領土(ノイエ・ラント)から帰還したばかりの時期、多忙を極めた上官が、珍しく渋々ながら彼らの祭りに参加した貴重な写真であった。
「ああ、あの時のだよ。迷惑そうな顔がいかにも閣下らしくていいだろう?」
三名は低く笑って、その写真を箱に収めた。グスマンがそれを預かると鞄を持ち上げる。
「さて、大事なことも決まったことだし、卿らもそろそろ身支度を整えろよ。遅刻するんじゃないぞ」
「はい。では、小官も一旦失礼いたします」
シュルツ中佐が敬礼を施して機敏な仕草で退室していくのを見届けて、グスマンも出口へと向かった。
「おい、フェルナー」
机上の書類をせっせと片付ける銀髪の同僚に、改めて呼び掛ける。
「何だ?」
フェルナーはファイルをパタンと閉じると顔を上げた。部屋の隅に立つグスマンが、何やら難しい顔をしているのが分かる。
「よかったのか、あれで?」
グスマンはややきまり悪そうに顔をしかめて言った。フェルナーはそんな律儀な年上の同僚へ卒のない笑顔を向けてから、グスマンの視線の先にある写真立ての方へ向き直る。上官は常に前へ前へと歩いていた。自分はその背中を必死に追いかけて、いつかその横に並ぼうと思っていた。認められたかった、ということではない。参謀本部時代から側近として任用され、もう十分に認められていたし、信頼を勝ち得ているという自覚もあった。他に秘すべき事柄のいくつかも、フェルナーにだけは打ち明けられていたこともあった。けれど、彼はその背に追いつけた気がしなかった。
フェルナーはふっと眼を細めると小さく呟くように答えた。
「後でゆっくり、酒でも酌み交わすさ」
数時間後、フェルナーの宣言通り、生前オーベルシュタインが好んだという白ワインが、灰色の後ろ姿に手向けられた。美酒といわれるそのワインが、なぜかフェルナーにはちっとも美味しく思えなかった。


(Ende)

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