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2014年11月15日 (土)

禁酒令 (銀河英雄伝説 二次小説)

ハイネセン滞在時の軍務省二人組のお話。禁酒令を出したオーベルシュタインが、自らその禁を破って……。オーベルシュタインだって傷つくことはあるんだよ!という夢見がちな管理人の脳味噌は、そろそろ交換が必要かもしれません。フェルナーまさかの手料理披露。
安定のpixiv同時掲載です。こちらではアンケートもやっておりますのでぜひどうぞ。http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4558221
Ashianime1


禁酒令


 うっすらと結露するグラスを眺めて、作りものの双眸を瞼で隠した。時は新帝国暦3年4月深夜、所は新領土(ノイエ・ラント)総督府のあるホテル・ユーフォニアの一室。軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインは、宛がわれたホテルの一室で空のグラスに深紅の液体を注いでいた。疲労ゆえか、慣れぬ環境からくるストレスゆえか、執務中よりも更に険しく歪んだ表情筋を緩めることができずにいる。高価な革張りのソファも、安らぎを届けるはずのアロマさえも、彼を夢の国へは誘(いざな)ってくれなかった。青白く痩せた手を、ゆっくりとグラスへ伸ばしたが、それはおよそ控えめとは言い難いノックの音で遮られた。
「閣下、フェルナーです。失礼いたします」
 オートロックのはずの扉を容易く突破して、端正な顔を持つ図々しい青年将校は彼の目の前に現れた。何かあった時のためにと、護衛隊長にはマスターキーを預けてあるものの、この部下に与えたつもりはないのだが。
「何の用だ」
 胡乱げな瞳で見上げた時には、伸ばしかけた手をもう片方の手が抑え込んでいた。今更この手を隠したところで、何の意味もないと分かっていながら、反射的に動いてしまっていた。癖の強い銀髪の部下が、ふふりと笑う。
「閣下、そんなものより、こちらのほうがずっと美味いですよ」
 後ろで組んでいるのだとばかり思っていた手から、帝国本土産の高級ワインと重そうな紙袋が現れる。一瞬開きかけた口の形を変えて、オーベルシュタインはことさら鋭い眼光でフェルナーを睨みつけた。
「卿は私の名で禁酒令が出ていることを知らぬのか」
 しかしこの部下には誤魔化しがきかなかったようで、相も変わらず人の悪い笑みを浮かべている。
「ああ、そうでしたな。ではそのグラスの中身も当然、ぶどうジュースというわけですな」
 オーベルシュタインはあえなく屈服して、部下へ手元のグラスを差し出した。フェルナーは受け取ったグラスの中身をさっさと飲み干してしまうと、棚から新しいグラスを取り出して、上官の前へ置いた。
「安い酒を飲みすぎるのは、お身体に毒ですよ」
 そう言って持参したワインを2つのグラスへと注ぎ込む部下を、オーベルシュタインは心なしか虚ろな表情で眺めていた。肉の薄い唇が無意識に噛みしめられている。確かに体温のある人間のはずであるが、こけた頬は蝋細工のようなそれにさえ見えた。
「どうぞ」
 差し出されたグラスを反射的に受け取った手は、しかしその場所から動こうとしなかった。部下は何も言わずに、普段とは様子の違う上官の仕草を眺めている。流れる血が赤いのか疑いたくなるほど青白い手だが、細い指の先まで荒れた様子ひとつなく滑らかであった。フェルナーは急かすことなく、自分も横のソファに腰を下ろすと、上官に倣ってグラスを手に取った。
「……」
 グラスを顔の辺りまで掲げて、オーベルシュタインはやはり動かなかった。いつも口数の多い部下なのに、この時はなぜかオーベルシュタインをしゃべらせようと弁舌を駆使することがなかった。だがそれが、却って熱くなった神経を刺激した。昼間の三提督たちとの小競り合い、ビッテンフェルト提督の謹慎処分。まるでそれを挑発したかのような自分の言動も、こうして自ら禁じた酒を呷る姿までも、この部下には見咎められている。見咎められただけではない、予測さえされていた。私心がなく無感動で、何事にも冷静で冷徹なる軍務尚書。自分の作り上げてきた陳腐な仮面の裏側を、いとも容易く見抜かれたような気がして、オーベルシュタインは誰へともなく嘆きの声を上げたい衝動に駆られた。巷で喧伝されるように感情を持たぬアンドロイドであったら、揺るがぬ意志で己の欲や情を排せる高潔な人間であれたら、どんなに生きやすいであろうか。だが彼の心の内は、辛うじて持ちうるちっぽけな理性など事もなくなぎ倒すような嵐にみまわれていた。その嵐から目を逸らすのに、酔いを求めねばならぬ程度に、彼は無力であった。ああ、いくら考えても詮無いことなのにと、オーベルシュタインは瞼を閉じた。精神的な頭痛が彼の思考を苛んで止まないのだ。
 オーベルシュタインはグラスを支える手の陰でごくりと唾を飲み下して、次の瞬間、諦めたように息を吐いた。グラスに唇を寄せると、ぶどう酒の芳醇な香りが繊細な鼻腔をくすぐった。思わず細めた目を、優秀な部下は見逃さなかっただろう。そのまま一口、赤い液体を喉へと流した。
「こたびの処置、後悔なさっておいでですか」
 答えなど分かっているくせに、銀髪の不遜な部下は素知らぬ顔で言う。オーベルシュタインは鬱陶しい前髪を掻き上げてから、小さくかぶりを振った。
「くだらぬことを」
 手元のグラスを睨みつけて言うと、小賢しい部下は僅かに苦笑したようだった。
「なるほど、閣下は後悔などなさらないでしょうな。すべては計算の内でしょうから」
 皮肉げな笑みが妙に神経を逆撫でする。オーベルシュタインはふんと鼻を鳴らしてグラスを傾けた。だが、この煩わしい男の持参した深紅の液体の方は、ひどく彼を心地よくさせるものだから、ついその甘美なボトルへと手を伸ばした。
「っ……!」
 掴みかけたガラスの首筋が、人為的に遠ざけられる。恨めしげに見やった先で、またなみなみとグラスへ注がれていく様も、他人事ながら喉の渇きを自覚させられるほどにそそられた。どうかしている。オーベルシュタインは唇を舐めて息を吐くと、静かに瞑目した。
 不穏分子となり得る旧同盟の高官や政治家たちを拘禁したことはもとより、彼らを人質にイゼルローンの開城を迫ることも、政戦両略上理に適った行為であり、歴史上においても特段珍しい手段ではない。戦略や政略と人道は区別して論ずるべきであり、その上で最良の策を奉ずるのが自分の役目だと自負していた。今回のことも……
「閣下」
 いつの間にか満たされたグラスが、手元に置かれていた。
「人命を数だけで論じるなという言葉は一見正論に思えますが、小官に言わせれば理想論であり詭弁ですよ」
 どうやらこの部下は、上官の心を映す鏡でも持っているようだ。全容ではないにせよ、なにがしか伺い知っているのか、オーベルシュタインの横で饒舌に語り出した。
「詭弁か」
 どうでもいいという気分で反芻すると、フェルナーは例の人を食ったような笑みで肯いた。
「一般的には正論でしょう。ですが、こと軍上層部や為政者がその言葉を口にする時、それは詭弁になり得ると思います。為政者が臣民一人ひとりの人生などに目を配れはしますまい。多くの兵を犠牲にして、たった一人の不幸な戦災孤児を救う。それが美談に聞こえるとしたら、それは狡猾なメディア操作のなせる業であり、それをさせた国家機構は再起不能の病に侵されていると言って良いでしょう。過程はどうであれ、より多くを救い豊かにするのが、為政者の義務なのですから」
「そうだな」
白い前髪がテーブルへと垂直に垂れた。部下が肩を竦める。
「ところで、閣下」
一呼吸置いて投げかけられた声は、予想外に明るく快活な声だった。
「何だ」
 唐突な空気の変化に、オーベルシュタインは思わず眉を寄せた。
「夕食まだでしょう?空腹のままワインだけなんて、味気ないですよ。小官が何か作ります」
 はあ?と声に出してしまいそうになるほど、意表を突かれた。同時に、たった今までの真剣な話しぶりはどこへ行ったのやらと、苦笑させられる。
「卿が空腹なのであろう。好きにしろ」
 ことさら淡白に返したが、部下の目は愉快そうに光っていた。
「やっと眉間の縦皺がとれましたね。では閣下、10分、いや、15分時間をください」
 そう言われて額の辺りに手をやると、心なしか軽くなったような気がする。その仕草に声を立てて笑われて、オーベルシュタインは口の中でもごもごと何かを言いながら目を逸らした。
 オーベルシュタインに宛がわれた部屋は、ホテル・ユーフォニアのスイートルームであった。寝室、リビング、風呂、トイレなど合計90平米程度の部屋で、贅沢にすぎるほどであったが、警備上の都合と言われては反論の余地もなく、この豪華な部屋におさまっている。元々、要人たちの宿泊用に設けられているのだから、至極当然のことでもあった。その部屋のリビングの片隅に、簡単な厨房設備がある。むろん、大概はお抱えの料理人などに調理させるために使用されているのだろうが、その厨房に手際よく食材を並べ始めた部下が、今オーベルシュタインの目の前にいるのだ。
 いったいいつの間に材料を持ち込んだのかと考えたが、思い返してみるとワインの他に大きな紙袋を持っていた。あの中に入っていたのだ。そこまで記憶を辿ると、自分が初めから部下の想定内で動いていたことに気付いて面白くなかった。
「卿が作らなくとも」
 やり場のない悔しさからそう言ってみたものの、軽くあしらわれるのは目に見えていた。
「ではコックでも呼んで、酒の肴を作らせますか。小官は構いませんが」
 案の定の切り返しに、オーベルシュタインが再度目を逸らす。
「いや……」
 禁酒令を出した当人が、酒を飲むために料理人を呼ぶなど、できるはずがない。それが分かった上での意地の悪い問いに、オーベルシュタインはそれ以上言葉をつなげることができなかった。
「そうですか。とはいえ、軍用レーションをつまみになどしたくありませんからね。小官がお作りするということで、異存ありませんでしょうか」
「ああ」
 吐き捨てるように肯いたその頬が、多少なりと膨らんでいたところで、彼を責める者はなかった。一連の会話の最中も、フェルナーの手は食材を洗い、下ごしらえに余念がなかった。そして宣言通りの15分後、呆れる上官の前に、カリーヴルストとグリル野菜の生ハム巻きが置かれた。
「とりあえずどうぞ。もう10分もすれば煮込み料理ができあがります」
 口には出さなかったが、およそ家庭的とは言い難い部下の思わぬ特技に、オーベルシュタインは内心で感嘆した。
「簡単なものばかりで、お気に召しませんか?」
 出された料理を言葉なく眺めていたオーベルシュタインに、フェルナーが怪訝そうな顔をする。
「いや、そうではない。卿がこのような特技を持っているとは思わなかった。少し意外だっただけだ」
 上官が思ったままを伝えると、フェルナーの顔がほころぶ。
「特技なんてもんじゃないですよ。この年まで一人で暮らしてれば、この程度のことはね。まあ、閣下には縁のない話でしょうが。そんなことより、冷めないうちに召し上がってくださいよ」
 二人はワインを注ぎ直して、できたてのカリーヴルストに口をつけた。歯ごたえのあるソーセージが、失われていた食欲をそそる。厨房ではザワークラウトとベーコンのぐつぐつと煮える音がして、その香りと共に、オーベルシュタインは何とも言えない穏やかな気分にさせられた。
「ほら、食べ物は大切でしょう?」
 悪戯に成功した子どものような顔で、フェルナーがワインを差し出してくる。気がつけば自分の頬はほのかに赤らんでおり、あれほどきつく歪んでいた顔も柔らかく弛緩して、美味しい料理を咀嚼している。身体全体から力が抜けていることを自覚した。
「そのようだ」
 してやったりと緑の目を光らせる部下を見ると、まんまと策略にはまったようで癪に障ったが、先ほど感じていたような苛立ちは消え失せていた。フェルナーはふふっと得意げに微笑んで立ち上がり、三品目の料理を手早く皿へ盛り付けた。
「お待たせしました、ザワークラウトの煮込みです。俺の勝手な創作料理ですが、身体が温まりますよ」
 出されたものは、ザワークラウトの他にベーコン、じゃがいも、にんじんを一緒に煮込んだもので、その上に品良くローリエの葉が一枚添えられている。その小さな心遣いがなぜだか優しい執事夫妻を連想させ、オーベルシュタインは目頭が熱くなるのを感じた。ザワークラウトを一切れ口元に寄せると、立ち上る白い蒸気にふうっと息を吹きかけてから、ゆっくりと口中に運ぶ。家庭によって異なると言われるザワークラウトの酸味が、ワインで熱くなった鼻の中を通り抜けた。
「……うまい」
 押し出すような声でそう言って、何度も噛みしめる。それは数十日前に、いや、一年半ほど前に戻れぬ覚悟をして後にした、故郷の味がした。
「お口に合いましたか。あいにく遠征地ですので、ザワークラウトもブイヨンも市販品です。フェザーンに帰れば、どちらも我が家秘伝のものを召し上がってもらえるのですが」
 卒のない説明の裏に照れを隠したフェルナーの言葉を、オーベルシュタインはただ一回の首肯で制した。故郷オーディンに良い思い出があるわけではない。けれど不思議と郷愁というものがあるのだと、この男に教えられた。市販品で感動できるほど、自分が安い人間だということも。けれど、それがひどく幸福に思えた。これ以上感情が発露しないようにと堪えながら、オーベルシュタインは黙ったままザワークラウトを食べた。横に座るフェルナーも、静かにフォークを口へと運んでいる。
 まったくこういう時だけ、この男は気が利くのだ。
「フェルナー」
 何杯目かのワインを飲み下して、オーベルシュタインがおずおずと口を開く。自分はこの部下に礼を言わねばならない。
 覚悟があったとしても、自分へ向かった攻撃の言葉は小さな棘となって心の深部に突き刺さる。予想し、あまつさえそれを指唆したのが自分であっても、やはりその棘は自身に刺さり、容易には消えぬ傷跡を残す。目を逸らし、職務に没頭することで時を費やし、その傷を癒してきた自分のやり方が、禁を犯して酒を飲み、それを見咎められるという事態を招いたのだ。しかし今、彼の胸はとても温かで、今以上に酒を求めようとも思わないし沈み込むような陰鬱な気分にもならない。それはやはり、この男のお節介のおかげだろう。
「……?」
 開きかけた自分の口の前に部下の掌があって、オーベルシュタインは慌てて言葉を飲み込んだ。
「親愛なる執事どのとご愛犬をフェザーンへ置いていらした閣下は、温かい家庭料理にちょっとばかり飢えて、お疲れが溜まっていらした。そういうことで良しにしませんか」
 いつになく優しげに微笑む部下の瞳には、その言葉を鵜呑みにできないしたたかな光が蠢いているように思えた。けれどそれを気に病む必要がないほど気分が良く、彼がそう言うならばそれでも良いかと口を閉じた。きっと上質なアルコールと、ザワークラウトの懐かしい味のせいに違いない。
「鍵はヴェストファル中将へ返却しておくように」
 飲み込んだ言葉のやり場に困惑し、仕方なく悔し紛れに小さな逆撃を加えてやると、フェルナーは目を見開いておどけたように敬礼した。オーベルシュタインは満足げに深く肯くと、赤いぶどう酒を丁寧な仕草で部下のグラスへ注ぎ込んだ。


(Ende)

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