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二次創作小説(銀河英雄伝説)

2018年3月20日 (火)

【2018年 オーベルシュタインお誕生日オフ会のお知らせ】

今年もオーベルシュタイン元帥のお誕生日オフ会を開催いたします。

今年は5/5(土)の開催です。
今回は関東地方の方にご参加いただきやすいよう、都内での開催です。
ご興味あるかたはぜひご参加ください!

****************

開催日 2018年5月5日(土)

昼の部(15:00~18:00) カラオケ パセラリゾーツ上野公園前店
バースデーケーキで誕生祝いをしながらDVDなどを流す予定

夜の部(18:30~20:30) 上野広小路 ダイニングカフェ・イゼルローンフォートレス

銀英伝の公式ダイニングカフェ(4月オープン)で、キャラクター由来のメニューを堪能

宿泊の部      夜を徹して語り合う合宿(サンメンバーズ東京新宿)

メインは昼~夜の部となります。昼の部のみ、夜の部のみ等の参加も大歓迎です。
(宿泊の部、夜の部の募集は締め切りました)

<費用>
  • ホテル代→ 6,850円(宿泊者のみ1名につき)
  • 特製ケーキ代→ 6,160円を人数割り
  • 昼の部会場代→3,500円(1名につき)
  • イゼルローンフォートレス→注文次第(割り勘予定。アルコール飲まない方等臨機応変に対応します)

★★ 募集 ★★

昼の部、夜の部ともに @2名まで参加可能です!
ぜひお声がけください!!

 

お問合せ このブログへのコメントか、Twitter:霜月七美 @lilieyui

※お申込み人数の都合により先着順になる場合があります。

2015年12月25日 (金)

2016年 オーベルシュタインお誕生日オフ会のお知らせ

今年もオーベルシュタイン元帥のお誕生日オフ会を開催いたします。
ゴールデンウイークが飛び石ということで、今年は5/7(土)の開催です。
場所は大阪難波の海鷲さんを予定しています。
ご興味あるかたはぜひご参加ください→

****************

<予定>
・ 5月7日 12:00 ナンバヒップス3F カラオケまねきねこ(バースデイケーキ&ヅカ銀鑑賞)

・      15:30 付近の喫茶店「英國屋」様にてお茶会

・      18:00 銀英伝BAR「海鷲」様にてオベ誕のお祝い(メインイベント)

・      20:00~ 希望者のみ宿泊(3〜4人相部屋予定 女性限定)

・ 5月8日  昼頃まで 食べ歩き

7日夜の呑み会がメインイベント。
ほかはご予定の合う範囲で自由に参加いただければと思います。

宿泊参加も若干名募集しております!。海鷲さんではできない深夜トークも楽しめますよ(゚▽゚*)

カラオケ・お茶会・呑み会のみ参加の方は前日まで参加受け付けています。

<費用>
海鷲での食事代 例年一人4,500円くらい
ホテル代→ 5,000円くらい(最終人数による)
特製ケーキ代→ 最高1,000円くらい(人数による)
お茶会は飲み物程度で各自となります。カラオケはGW料金が未定だそうです;;

【現在までの参加予定者】
・シスさん (昼から・宿泊)
・コウセツさん(夜のみ&宿泊)
・霜月(昼から・宿泊)
・助手さん(昼から・宿泊)
・たらおさん(お茶会まで・日帰)
・無味さん(昼から・宿泊)
・メテロさん(昼から・宿泊)
・つーさん(お茶会まで・日帰)
・えりんさん(お茶会まで・日帰)

参加表明お待ちしております!
尚、当企画は海鷲様とは一切関係ございません。お問合せはツイッターアカウント@lilieyui までお願いしますm(_ _)m

2015年5月 5日 (火)

人生最良の日(銀河英雄伝説二次 ワンライ用)

「断る」
「そんなけんもほろろにおっしゃらなくても」
「却下だ」
「仕事外のことで閣下のご命令に従う理由はございませんので」
「嫌だ!」
軍務省のトップ2が、朝から何やら剣呑な雰囲気を作っていた。その当事者の一人であるアントン・フェルナー少将が、呆れたように溜息を吐く。
「嫌はないでしょう、子どもじゃあるまいし」
「……。」
新帝国暦2年5月5日。軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は大量の書類と口煩い部下に挟まれて、諦めの悪い駄々をこねていた。むろん、この書類の処理について異議を申し立てているわけではない。仕事が多いことについては今に始まった事ではないし、今日が特別に膨大というわけでもなかった。むしろ、目の前の書類を半日で片付けよと言われた方が、どれだけ気楽で嬉しかったことだろう。
「閣下」
フェルナーの呼びかけも虚しく、オーベルシュタインは仏頂面で書類を睨んだままだった。そのまま顔を上げる様子もなく、どうやら無視を決め込んだようだ。フェルナーは仕方なしに、手元にあったファイルでオーベルシュタインの書類に蓋をしてしまった。
「……。」
黙って払いのけようとする上官に、片腕だけで抵抗する。元より腕力に関してはフェルナーの方が勝っていた。完全に仕事を放棄させられて、オーベルシュタインは不服げに部下を見上げた。
「上官侮辱罪で訴えられたいのか。良くて減俸、降格だが」
日頃感情を宿さぬ作りものの目が、いっぱいに見開かれてフェルナーを射抜く。いつになく強張った表情もまるで幼子のようで、フェルナーは湧き上がる笑みを隠すのに少なからぬ努力を強いられた。
「嫌だからと言って逃れられるものでもありますまい。閣下の御為を思ってこそ申し上げているのです」
ことさらゆっくりとした口調で、噛んで含めるように言うと、オーベルシュタインは隠されてしまった書類のあたりに視線を彷徨わせた。
「まだ病み上がりであるから……」
爆弾テロで負った傷を理由に断ろうとする上官へ、しかし軍務省の要とも言われる部下は一歩も譲らない。
「病み上がりだからこそ、大切な時期なのです。いい加減、お諦めください」
上官は半白の髪を揺らしてかぶりを振った。
「痛い」
フェルナーが幾度目かの吐息を漏らす。
「先日の負傷に比べればかすり傷程度です。第一、閣下は平気で御身を囮になさろうとするではありませんか」
下ばかりに向けられていた冷たい義眼が、部下の双眼を正面から捉えた。
「それとこれとは話が違うであろう。受傷の瞬間に意識も失う戦場での負傷とは性質が異なる。近づいてくるのが見えるし、心拍数の増加も顕著になり、そのせいか出血も多い。注射は痛いのだ。それに……」
なぜよりによって自分の誕生日に、という言葉をオーベルシュタインは飲み込んだ。今日は年に一度の一斉予防注射である。いかに軍務尚書とはいえ、私的な都合でその日程を狂わせて良い道理はなく、そもそも誕生日でなくても嫌なものは嫌だ。さほど頑健な性質ではないものの、長く軍にいるだけあって大抵のことは耐えられるし、忍耐心はある方だと自負している。しかし注射だけは、度々病臥した幼少期の、自身ではどうすることもできない苦しみや悔しさを思い出し、吐き気がこみ上げてくるのだ。
まったく、人生最悪の日だ。
オーベルシュタインが珍しく言葉を詰まらせている間に、フェルナーは上官の複雑な心理を理解して、翡翠の両目を光らせた。
「大切なお身体なのです。どうか我慢なさってください。無事に注射が済みましたら、小官が人生最良の日にしてさしあげましょう」
頑張れますかと問われて、オーベルシュタインは渋々肯いた。病に倒れるのも、治療を受けるのも、回復が遅いのも、すべて惰弱に生まれた故。己が命を否定され、顧みられることのなかった少年期。努力をしても、両親の望む結果を出しても、自分であることは許されなかった。冷たく情のない、ただ支配者に服従するだけの仮面をかぶらぬ限り、生きてはいけなかった。
チクリと左腕に痛みが走った。嘔気を堪えて目を瞑ったが、衝撃で義眼が点滅するのではないかと思った。
やはり注射は、私にとって死刑宣告のようなものだ。


眼前にオーベルシュタインの好むウイスキーが差し出された。路地裏にある小さなバーの隅に、彼の居場所が作られている。
「お疲れ様でした、閣下」
満面の笑みでグラスを差し出したのは、口煩い銀髪の部下である。横には秘書官シュルツ、事務長グスマンと護衛隊長ヴェストファルだった。
「これはどういった趣向か」
浮かべられる笑みに違和感を覚える。親愛の笑み、労いの言葉。
「どうって、閣下のお誕生日祝いですよ」
「おめでとうございます、閣下」
「おい、乾杯だ乾杯!」
楽しげにビールを注ぐ部下たちが、代わる代わる笑みを向けてくる。
「私を祝うのか?」
思わず口をついて出た言葉に、一同が動きを止めた。しまった。やはり自分を本心で祝うような人間などいるばずがないのだ。
唇をかすかに震わせると、破裂するような笑声に全てを掻き消された。
「何をおっしゃるんですか、閣下」
「閣下をお祝いせずに誰を祝うんですか」
あっけらかんと言われて目を見開く。
「そうですよ、今更面白いことをおっしゃいますね、閣下」
怖いほどニコニコと笑って、銀髪の部下がグラスを寄せてくる。
「人生最良の日にしてさしあげると、申し上げましたから」
胡散臭い笑みは自分の色眼鏡だったのか。完全に信用できはしないが、この部下たちは信頼しても良い気がした。
「だから、ほら、行きますよ」
「ああ」
「Prosit!」
彼らの思考が理解できない。気のせいかクラクラする。
ああ、とんだ人生最良の日だ。けれど、なぜか幸福な気分だ。

(ende)

2015年2月12日 (木)

5月5日オベ誕オフ会のお知らせ<<募集終了しました>>

5月5日はオーベルシュタイン閣下の誕生日です。
オベ好きの方もそうでない方も、大阪難波の海鷲さんで、我らが義眼の軍務尚書の生誕を祝いましょう♪

【日 時】 5月5日(火) 18:00~ (お店の開店時間に合わせます。お日柄上、貸切はできませんので開店後すぐに入店します)

【場 所】 銀英伝ファンのバー 海鷲 (http://cafeseeadler.com/

【募集人数】 場所の都合上、6人前後くらい

【宿 泊】 遠方からおいででご希望の方は、1泊のみ近隣の安いホテルを確保いたします。5,000円~8,000円程度(予想)。昨年はホテルに戻ってから第二部が始まりました。

【昼の部】 ご希望が多いようでしたら、当日のランチも企画いたします(ノープラン)。翌日はすいません、たぶん観劇に飛びます。

【費 用】 宴会コース等ではありませんので、現地での割り勘にご協力ください。なお、別途バースデイケーキ代を徴収させて頂きます(1,000円程度)。宿泊代の精算方法については、予約時にお知らせいたします。

【その他】 お店の場所が分かりにくいかもしれませんので、少し前に駅など分かりやすい場所に集合をお願いするかもしれません。皆さん慣れていらっしゃるようなら、現地集合にいたします。

【締切り】 宿泊希望者の締切り 2月21日まで、 誕生日会のみのご参加は4月末までに、このブログへのコメントか、Twitterアカウント @lilieyui までDMまたはリプをお願いします。

【お願い】 ケーキの予約や受取、その他の準備等にご協力頂ける方がいらっしゃいましたら、ぜひお声掛けください><。

詳細は決まり次第お知らせいたします。

2014年11月15日 (土)

禁酒令 (銀河英雄伝説 二次小説)

ハイネセン滞在時の軍務省二人組のお話。禁酒令を出したオーベルシュタインが、自らその禁を破って……。オーベルシュタインだって傷つくことはあるんだよ!という夢見がちな管理人の脳味噌は、そろそろ交換が必要かもしれません。フェルナーまさかの手料理披露。
安定のpixiv同時掲載です。こちらではアンケートもやっておりますのでぜひどうぞ。http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4558221
Ashianime1


禁酒令


 うっすらと結露するグラスを眺めて、作りものの双眸を瞼で隠した。時は新帝国暦3年4月深夜、所は新領土(ノイエ・ラント)総督府のあるホテル・ユーフォニアの一室。軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインは、宛がわれたホテルの一室で空のグラスに深紅の液体を注いでいた。疲労ゆえか、慣れぬ環境からくるストレスゆえか、執務中よりも更に険しく歪んだ表情筋を緩めることができずにいる。高価な革張りのソファも、安らぎを届けるはずのアロマさえも、彼を夢の国へは誘(いざな)ってくれなかった。青白く痩せた手を、ゆっくりとグラスへ伸ばしたが、それはおよそ控えめとは言い難いノックの音で遮られた。
「閣下、フェルナーです。失礼いたします」
 オートロックのはずの扉を容易く突破して、端正な顔を持つ図々しい青年将校は彼の目の前に現れた。何かあった時のためにと、護衛隊長にはマスターキーを預けてあるものの、この部下に与えたつもりはないのだが。
「何の用だ」
 胡乱げな瞳で見上げた時には、伸ばしかけた手をもう片方の手が抑え込んでいた。今更この手を隠したところで、何の意味もないと分かっていながら、反射的に動いてしまっていた。癖の強い銀髪の部下が、ふふりと笑う。
「閣下、そんなものより、こちらのほうがずっと美味いですよ」
 後ろで組んでいるのだとばかり思っていた手から、帝国本土産の高級ワインと重そうな紙袋が現れる。一瞬開きかけた口の形を変えて、オーベルシュタインはことさら鋭い眼光でフェルナーを睨みつけた。
「卿は私の名で禁酒令が出ていることを知らぬのか」
 しかしこの部下には誤魔化しがきかなかったようで、相も変わらず人の悪い笑みを浮かべている。
「ああ、そうでしたな。ではそのグラスの中身も当然、ぶどうジュースというわけですな」
 オーベルシュタインはあえなく屈服して、部下へ手元のグラスを差し出した。フェルナーは受け取ったグラスの中身をさっさと飲み干してしまうと、棚から新しいグラスを取り出して、上官の前へ置いた。
「安い酒を飲みすぎるのは、お身体に毒ですよ」
 そう言って持参したワインを2つのグラスへと注ぎ込む部下を、オーベルシュタインは心なしか虚ろな表情で眺めていた。肉の薄い唇が無意識に噛みしめられている。確かに体温のある人間のはずであるが、こけた頬は蝋細工のようなそれにさえ見えた。
「どうぞ」
 差し出されたグラスを反射的に受け取った手は、しかしその場所から動こうとしなかった。部下は何も言わずに、普段とは様子の違う上官の仕草を眺めている。流れる血が赤いのか疑いたくなるほど青白い手だが、細い指の先まで荒れた様子ひとつなく滑らかであった。フェルナーは急かすことなく、自分も横のソファに腰を下ろすと、上官に倣ってグラスを手に取った。
「……」
 グラスを顔の辺りまで掲げて、オーベルシュタインはやはり動かなかった。いつも口数の多い部下なのに、この時はなぜかオーベルシュタインをしゃべらせようと弁舌を駆使することがなかった。だがそれが、却って熱くなった神経を刺激した。昼間の三提督たちとの小競り合い、ビッテンフェルト提督の謹慎処分。まるでそれを挑発したかのような自分の言動も、こうして自ら禁じた酒を呷る姿までも、この部下には見咎められている。見咎められただけではない、予測さえされていた。私心がなく無感動で、何事にも冷静で冷徹なる軍務尚書。自分の作り上げてきた陳腐な仮面の裏側を、いとも容易く見抜かれたような気がして、オーベルシュタインは誰へともなく嘆きの声を上げたい衝動に駆られた。巷で喧伝されるように感情を持たぬアンドロイドであったら、揺るがぬ意志で己の欲や情を排せる高潔な人間であれたら、どんなに生きやすいであろうか。だが彼の心の内は、辛うじて持ちうるちっぽけな理性など事もなくなぎ倒すような嵐にみまわれていた。その嵐から目を逸らすのに、酔いを求めねばならぬ程度に、彼は無力であった。ああ、いくら考えても詮無いことなのにと、オーベルシュタインは瞼を閉じた。精神的な頭痛が彼の思考を苛んで止まないのだ。
 オーベルシュタインはグラスを支える手の陰でごくりと唾を飲み下して、次の瞬間、諦めたように息を吐いた。グラスに唇を寄せると、ぶどう酒の芳醇な香りが繊細な鼻腔をくすぐった。思わず細めた目を、優秀な部下は見逃さなかっただろう。そのまま一口、赤い液体を喉へと流した。
「こたびの処置、後悔なさっておいでですか」
 答えなど分かっているくせに、銀髪の不遜な部下は素知らぬ顔で言う。オーベルシュタインは鬱陶しい前髪を掻き上げてから、小さくかぶりを振った。
「くだらぬことを」
 手元のグラスを睨みつけて言うと、小賢しい部下は僅かに苦笑したようだった。
「なるほど、閣下は後悔などなさらないでしょうな。すべては計算の内でしょうから」
 皮肉げな笑みが妙に神経を逆撫でする。オーベルシュタインはふんと鼻を鳴らしてグラスを傾けた。だが、この煩わしい男の持参した深紅の液体の方は、ひどく彼を心地よくさせるものだから、ついその甘美なボトルへと手を伸ばした。
「っ……!」
 掴みかけたガラスの首筋が、人為的に遠ざけられる。恨めしげに見やった先で、またなみなみとグラスへ注がれていく様も、他人事ながら喉の渇きを自覚させられるほどにそそられた。どうかしている。オーベルシュタインは唇を舐めて息を吐くと、静かに瞑目した。
 不穏分子となり得る旧同盟の高官や政治家たちを拘禁したことはもとより、彼らを人質にイゼルローンの開城を迫ることも、政戦両略上理に適った行為であり、歴史上においても特段珍しい手段ではない。戦略や政略と人道は区別して論ずるべきであり、その上で最良の策を奉ずるのが自分の役目だと自負していた。今回のことも……
「閣下」
 いつの間にか満たされたグラスが、手元に置かれていた。
「人命を数だけで論じるなという言葉は一見正論に思えますが、小官に言わせれば理想論であり詭弁ですよ」
 どうやらこの部下は、上官の心を映す鏡でも持っているようだ。全容ではないにせよ、なにがしか伺い知っているのか、オーベルシュタインの横で饒舌に語り出した。
「詭弁か」
 どうでもいいという気分で反芻すると、フェルナーは例の人を食ったような笑みで肯いた。
「一般的には正論でしょう。ですが、こと軍上層部や為政者がその言葉を口にする時、それは詭弁になり得ると思います。為政者が臣民一人ひとりの人生などに目を配れはしますまい。多くの兵を犠牲にして、たった一人の不幸な戦災孤児を救う。それが美談に聞こえるとしたら、それは狡猾なメディア操作のなせる業であり、それをさせた国家機構は再起不能の病に侵されていると言って良いでしょう。過程はどうであれ、より多くを救い豊かにするのが、為政者の義務なのですから」
「そうだな」
白い前髪がテーブルへと垂直に垂れた。部下が肩を竦める。
「ところで、閣下」
一呼吸置いて投げかけられた声は、予想外に明るく快活な声だった。
「何だ」
 唐突な空気の変化に、オーベルシュタインは思わず眉を寄せた。
「夕食まだでしょう?空腹のままワインだけなんて、味気ないですよ。小官が何か作ります」
 はあ?と声に出してしまいそうになるほど、意表を突かれた。同時に、たった今までの真剣な話しぶりはどこへ行ったのやらと、苦笑させられる。
「卿が空腹なのであろう。好きにしろ」
 ことさら淡白に返したが、部下の目は愉快そうに光っていた。
「やっと眉間の縦皺がとれましたね。では閣下、10分、いや、15分時間をください」
 そう言われて額の辺りに手をやると、心なしか軽くなったような気がする。その仕草に声を立てて笑われて、オーベルシュタインは口の中でもごもごと何かを言いながら目を逸らした。
 オーベルシュタインに宛がわれた部屋は、ホテル・ユーフォニアのスイートルームであった。寝室、リビング、風呂、トイレなど合計90平米程度の部屋で、贅沢にすぎるほどであったが、警備上の都合と言われては反論の余地もなく、この豪華な部屋におさまっている。元々、要人たちの宿泊用に設けられているのだから、至極当然のことでもあった。その部屋のリビングの片隅に、簡単な厨房設備がある。むろん、大概はお抱えの料理人などに調理させるために使用されているのだろうが、その厨房に手際よく食材を並べ始めた部下が、今オーベルシュタインの目の前にいるのだ。
 いったいいつの間に材料を持ち込んだのかと考えたが、思い返してみるとワインの他に大きな紙袋を持っていた。あの中に入っていたのだ。そこまで記憶を辿ると、自分が初めから部下の想定内で動いていたことに気付いて面白くなかった。
「卿が作らなくとも」
 やり場のない悔しさからそう言ってみたものの、軽くあしらわれるのは目に見えていた。
「ではコックでも呼んで、酒の肴を作らせますか。小官は構いませんが」
 案の定の切り返しに、オーベルシュタインが再度目を逸らす。
「いや……」
 禁酒令を出した当人が、酒を飲むために料理人を呼ぶなど、できるはずがない。それが分かった上での意地の悪い問いに、オーベルシュタインはそれ以上言葉をつなげることができなかった。
「そうですか。とはいえ、軍用レーションをつまみになどしたくありませんからね。小官がお作りするということで、異存ありませんでしょうか」
「ああ」
 吐き捨てるように肯いたその頬が、多少なりと膨らんでいたところで、彼を責める者はなかった。一連の会話の最中も、フェルナーの手は食材を洗い、下ごしらえに余念がなかった。そして宣言通りの15分後、呆れる上官の前に、カリーヴルストとグリル野菜の生ハム巻きが置かれた。
「とりあえずどうぞ。もう10分もすれば煮込み料理ができあがります」
 口には出さなかったが、およそ家庭的とは言い難い部下の思わぬ特技に、オーベルシュタインは内心で感嘆した。
「簡単なものばかりで、お気に召しませんか?」
 出された料理を言葉なく眺めていたオーベルシュタインに、フェルナーが怪訝そうな顔をする。
「いや、そうではない。卿がこのような特技を持っているとは思わなかった。少し意外だっただけだ」
 上官が思ったままを伝えると、フェルナーの顔がほころぶ。
「特技なんてもんじゃないですよ。この年まで一人で暮らしてれば、この程度のことはね。まあ、閣下には縁のない話でしょうが。そんなことより、冷めないうちに召し上がってくださいよ」
 二人はワインを注ぎ直して、できたてのカリーヴルストに口をつけた。歯ごたえのあるソーセージが、失われていた食欲をそそる。厨房ではザワークラウトとベーコンのぐつぐつと煮える音がして、その香りと共に、オーベルシュタインは何とも言えない穏やかな気分にさせられた。
「ほら、食べ物は大切でしょう?」
 悪戯に成功した子どものような顔で、フェルナーがワインを差し出してくる。気がつけば自分の頬はほのかに赤らんでおり、あれほどきつく歪んでいた顔も柔らかく弛緩して、美味しい料理を咀嚼している。身体全体から力が抜けていることを自覚した。
「そのようだ」
 してやったりと緑の目を光らせる部下を見ると、まんまと策略にはまったようで癪に障ったが、先ほど感じていたような苛立ちは消え失せていた。フェルナーはふふっと得意げに微笑んで立ち上がり、三品目の料理を手早く皿へ盛り付けた。
「お待たせしました、ザワークラウトの煮込みです。俺の勝手な創作料理ですが、身体が温まりますよ」
 出されたものは、ザワークラウトの他にベーコン、じゃがいも、にんじんを一緒に煮込んだもので、その上に品良くローリエの葉が一枚添えられている。その小さな心遣いがなぜだか優しい執事夫妻を連想させ、オーベルシュタインは目頭が熱くなるのを感じた。ザワークラウトを一切れ口元に寄せると、立ち上る白い蒸気にふうっと息を吹きかけてから、ゆっくりと口中に運ぶ。家庭によって異なると言われるザワークラウトの酸味が、ワインで熱くなった鼻の中を通り抜けた。
「……うまい」
 押し出すような声でそう言って、何度も噛みしめる。それは数十日前に、いや、一年半ほど前に戻れぬ覚悟をして後にした、故郷の味がした。
「お口に合いましたか。あいにく遠征地ですので、ザワークラウトもブイヨンも市販品です。フェザーンに帰れば、どちらも我が家秘伝のものを召し上がってもらえるのですが」
 卒のない説明の裏に照れを隠したフェルナーの言葉を、オーベルシュタインはただ一回の首肯で制した。故郷オーディンに良い思い出があるわけではない。けれど不思議と郷愁というものがあるのだと、この男に教えられた。市販品で感動できるほど、自分が安い人間だということも。けれど、それがひどく幸福に思えた。これ以上感情が発露しないようにと堪えながら、オーベルシュタインは黙ったままザワークラウトを食べた。横に座るフェルナーも、静かにフォークを口へと運んでいる。
 まったくこういう時だけ、この男は気が利くのだ。
「フェルナー」
 何杯目かのワインを飲み下して、オーベルシュタインがおずおずと口を開く。自分はこの部下に礼を言わねばならない。
 覚悟があったとしても、自分へ向かった攻撃の言葉は小さな棘となって心の深部に突き刺さる。予想し、あまつさえそれを指唆したのが自分であっても、やはりその棘は自身に刺さり、容易には消えぬ傷跡を残す。目を逸らし、職務に没頭することで時を費やし、その傷を癒してきた自分のやり方が、禁を犯して酒を飲み、それを見咎められるという事態を招いたのだ。しかし今、彼の胸はとても温かで、今以上に酒を求めようとも思わないし沈み込むような陰鬱な気分にもならない。それはやはり、この男のお節介のおかげだろう。
「……?」
 開きかけた自分の口の前に部下の掌があって、オーベルシュタインは慌てて言葉を飲み込んだ。
「親愛なる執事どのとご愛犬をフェザーンへ置いていらした閣下は、温かい家庭料理にちょっとばかり飢えて、お疲れが溜まっていらした。そういうことで良しにしませんか」
 いつになく優しげに微笑む部下の瞳には、その言葉を鵜呑みにできないしたたかな光が蠢いているように思えた。けれどそれを気に病む必要がないほど気分が良く、彼がそう言うならばそれでも良いかと口を閉じた。きっと上質なアルコールと、ザワークラウトの懐かしい味のせいに違いない。
「鍵はヴェストファル中将へ返却しておくように」
 飲み込んだ言葉のやり場に困惑し、仕方なく悔し紛れに小さな逆撃を加えてやると、フェルナーは目を見開いておどけたように敬礼した。オーベルシュタインは満足げに深く肯くと、赤いぶどう酒を丁寧な仕草で部下のグラスへ注ぎ込んだ。


(Ende)

2014年7月26日 (土)

モノクロームの背中 (銀河英雄伝説 二次小説)

オーベルシュタイン閣下の御命日!閣下を偲んで、けれどギリギリまでネタが浮かばずにやっつけ仕事です(汗)。オーベルシュタインの死後1年の、フェルナーとその他部下たちが、閣下を偲んでいるお話。閣下らしい姿って何ですかねぇ?
安定のpixiv同時掲載。http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4093923


Line4


モノクロームの背中


新帝国暦4年7月末。夏の日差しが本格化した帝都フェザーンの新銀河帝国軍務省は、初代皇帝ラインハルトの一周忌を目前に、多忙な業務の合間を縫って別の企画を進行していた。
「やれやれ、準備はぬかりないな?」
軍務省官房長を辞任し、調査局長の肩書きのみとなったアントン・フェルナー少将は、デスクの書類を今一度確認すると大きく伸びをした。
「そのはずです」
書類を差し出したシュルツ中佐が、自信なげに微笑む。フェルナーは年若い秘書官を見上げてから、左肘で軍人にしては華奢な脇腹を小突いた。
「おいおい、頼りない返事だな。……どれ、確認してやろう」
そう言って積み上げられた書類を手に取ると、翡翠の目を鋭くして文字を追う。後ろに設けられた大窓から、日除けのために植えられた蔓性植物の隙間をくぐりぬけて木漏れ日が差し込んでいた。
「いかがですか、少将」
「……ああ、これが最終調整か、悪くないだろう。……しかし、先帝ラインハルト陛下の一周忌が明日に迫っているというのに、こちらの準備に専念できるとは、官房長をしていた頃には考えられんことだな」
心なしか晴れ晴れとした声で言ってのけるフェルナーに、シュルツが表情を曇らせた。
「本当なら、フェルナー少将ほど軍務省の全体を把握されている方はいらっしゃらないのに、新尚書は何を履き違えておいでなのか。ご自分の子飼いの部下を突然連れて来て官房長職に据えるなんて……。小官もいっそ秘書官職を解かれたい思いですよ」
シュルツの眉間に深い罅が刻まれる。彼は現在も軍務尚書の首席秘書官として多忙を極めている。そんな彼が上官へのあからさまな批判を述べる様子を案じながらも、自分のことを気遣ってくれる優しさには、素直に嬉しく思った。
「冗談を言うなよ、シュルツ。俺は辞任したのであって解任されたわけではないし、あの人のやりようは基本的に正しい。内情を知る俺にはそれなりの地位を与えておいて、必要があればすぐに呼び出せるポストに置く。一方で、手勝手の良い側近を置いて業務の円滑化を図る。トップが代われば組織が変わるのは当然のことさ。俺としては、いっそ清々しているくらいだ」
「そんなものでしょうか……」
尚も不服そうな顔のシュルツへ更なる軽口を投げようとした時に、ノックの音が響いた。
「そうだぞ、シュルツ中佐。その程度のことで不貞腐れるやつだと思われる方が、こいつにとっちゃいい迷惑さ」
礼装に着替え髪を整えた将校が、鞄を片手に二人の元へ現れた。がっちりとした体躯から訓練された逞しい筋肉を連想させる男だが、その実、彼は実戦経験の乏しい軍官僚であり、この巨大な組織の事務を一分たりとも滞らせることのない事務局長であった。
「グスマン少将!」
「やぁ、早いじゃないか、グスマン」
この場では最年長のグスマンが、二人を宥めるように後ろへ立つ。三人はフェルナーのデスクに積まれた書類の山を覗き込んだ。それらの書類の先頭にあるのは、初代軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインの一周忌参列予定者リストである。当時の軍務省上層部から始まり、末端の下士官や既に退役した者まで合わせると数百名に及んでいる。国家の重鎮を偲ぶにしては寂しい人数であるが、嫌われ者として生きることを厭わなかった故人の人となりからすると、数百という数は予想を上回る多さと言えよう。
「進行役の俺が遅刻するわけにはいかんからな。……それで、フェルナー、閣下の写真は決まったのか」
グスマンの問いかけに、フェルナーは小さく息を吐いて笑った。
「それが、『これ』というのがなくてなぁ」
肩を竦めるフェルナーに、グスマンが苦笑する。
「おいおい、卿が自分で選ぶと言い出したんじゃないか」
「そうなんだが……」
当初、昨年の国葬で使用された遺影を、今年もそのまま使う予定でいたところへ、異議を申し立てたのはフェルナーであった。
「いくらなんでも、あんな『故人を写していない』写真を使うなんて許せなくてな」
そう言ってフンと顔をそむけるフェルナーに、グスマンが首を傾げる。
「俺には分からんがなぁ。御遺影として過不足ない写真だと思うのだが」
シュルツがグスマンの顔とフェルナーのそれを交互に見やってから、デスクの隅に置かれた写真立てに目をやった。それは、オーベルシュタインが故人となって二週間ほどした頃に置かれたものであり、この一年ずっとそこにあった。
「俺はこの写真が好きなんだがなぁ」
フェルナーが無造作に手を伸ばして写真立てを持ち上げる。艶のある黒縁のそう大きくない写真立てには、確かにオーベルシュタインの生前の写真がおさまっていた。それは、先帝ラインハルトの即位式典で正装したオーベルシュタインの姿であり、恐らく式典風景を撮影したほんの些細な一枚であると思われる。
「卿の気持ちは分かるが、なぜよりにもよって後ろ姿なんだ」
写真の中の彼らの上官は、ラインハルトの戴冠を祝う列に参加する後ろ姿であり、彼自身も真新しい灰色のケープを纏った新任の元帥であった。
「なんとなくな。一番あの人らしいような気がするんだ」
なぜだろうか?フェルナーは上官の背に問いかけた。故人は常に前を向いてやるべきことをこなしていく人間であったし、決して後ろを向くことはなかった。さらにフェルナーにとってラインハルトの戴冠式や新帝国の樹立などは、特別思い入れのある事柄でもないはずである。俺はなぜ、この後ろ姿を見ていたいのか。
気が付くと他の二名も懐かしげにその写真に見入っていた。ああ、そういうことか。フェルナーは合点がいった。
「閣下はさ、軍務省と俺たちのこと全てをこの細い背中と肩に乗せて、それでも揺るぎない人だったんだよなぁ。俺はあの人の部下でいる間、ずっとこの背中を見て、それに守られてきたような気がする。生きている間は考えもしなかったが、俺がこの写真にこだわるのは、そういう理由なのかもしれんな」
両脇から覗き込む二人がそっと顔を見合わせて、また写真の方へと向き直った。そこには、ケープ越しにも痩身が容易に見てとれる、けれど何者よりも強い背中がある。誰ひとり褒める者などなかったが、誰よりもピンと伸びた背筋には、度重なる深夜勤務による疲労やストレスなど微塵も表れていなかった。前線に出ぬ臆病者、あるいは軟弱者と揶揄されていたが、彼らの上官は地上の最前線に身を置き、決して弱音を吐かぬ勇猛な武将であった。
「それに、この日は閣下にとって念願が叶った日でもあるだろう?そのせいなのかは分からんが、いつにもまして毅然とした後ろ姿のような気がしてな。……あーあ、分かっているさ、馬鹿馬鹿しい妄想だよな」
フェルナーはそう言って笑ったが、優秀な秘書官も事務局長も揃って沈黙した。この場にその馬鹿馬鹿しい妄想を笑える人間はいなかったのである。それは、つい懐かしくその背中に見入ってしまった自分たちが、最もよく認識していた。間違いなく彼らは、この上官の背中に守られていたし、その痩せた背に絶対の信頼を置いており、それは現在に至るまで変わらなかった。彼らを軍務省の調査局長に任じたのも秘書官に任じたのも事務局長に任じたのも故人であり、彼らがその職を全うするに当たり常に問い続けてきたものは、かつての厳しい上官から求められた職務への姿勢や信条であった。彼らの上官は、今でも”あの”オーベルシュタイン元帥であった。
「ご存命中も偉大な方だったが、死して尚、吾々に語りかける、か」
グスマンはフェルナーから写真立てを取り上げると、デスク用のクロスで丁寧に拭った。シュルツが寂しげに灰色のケープへと目を落とす。
「ああ、もう、湿っぽいのはやめだ。俺が悪かったよ、写真はこれにしよう」
フェルナーは停滞した空気を掻きまわすように殊更大きな声で宣言すると、デスクの一番下の抽斗から大きな平たい箱を取り出した。そこには、きちんと遺影用の額縁に収められたオーベルシュタインの写真があった。何の変哲もないスナップ写真を引きのばしたものであったが、ここにいる三名にはすぐに理解できた。
「これは、去年の暑気払いの写真じゃないか」
グスマンが思わず破顔する。
「去年の暑気払いといえば、嫌がる閣下を強引に連れだしたあの時のですか?」
シュルツが楽しげな声を上げた。思えば皇帝は危篤状態で、彼ら自身も新領土(ノイエ・ラント)から帰還したばかりの時期、多忙を極めた上官が、珍しく渋々ながら彼らの祭りに参加した貴重な写真であった。
「ああ、あの時のだよ。迷惑そうな顔がいかにも閣下らしくていいだろう?」
三名は低く笑って、その写真を箱に収めた。グスマンがそれを預かると鞄を持ち上げる。
「さて、大事なことも決まったことだし、卿らもそろそろ身支度を整えろよ。遅刻するんじゃないぞ」
「はい。では、小官も一旦失礼いたします」
シュルツ中佐が敬礼を施して機敏な仕草で退室していくのを見届けて、グスマンも出口へと向かった。
「おい、フェルナー」
机上の書類をせっせと片付ける銀髪の同僚に、改めて呼び掛ける。
「何だ?」
フェルナーはファイルをパタンと閉じると顔を上げた。部屋の隅に立つグスマンが、何やら難しい顔をしているのが分かる。
「よかったのか、あれで?」
グスマンはややきまり悪そうに顔をしかめて言った。フェルナーはそんな律儀な年上の同僚へ卒のない笑顔を向けてから、グスマンの視線の先にある写真立ての方へ向き直る。上官は常に前へ前へと歩いていた。自分はその背中を必死に追いかけて、いつかその横に並ぼうと思っていた。認められたかった、ということではない。参謀本部時代から側近として任用され、もう十分に認められていたし、信頼を勝ち得ているという自覚もあった。他に秘すべき事柄のいくつかも、フェルナーにだけは打ち明けられていたこともあった。けれど、彼はその背に追いつけた気がしなかった。
フェルナーはふっと眼を細めると小さく呟くように答えた。
「後でゆっくり、酒でも酌み交わすさ」
数時間後、フェルナーの宣言通り、生前オーベルシュタインが好んだという白ワインが、灰色の後ろ姿に手向けられた。美酒といわれるそのワインが、なぜかフェルナーにはちっとも美味しく思えなかった。


(Ende)

2014年6月30日 (月)

Lebensgrundlage ~帰るべき場所~ (銀河英雄伝説 二次小説)

今回はオーベルシュタインに弦楽器を弾かせたいという訳の分からない願望を形にしたものです。訳が分からなくて申し訳ありません;; 強引にヴェスターラントネタを絡ませてみましたが、要するに弦楽器を弾かせたかっただけです;;
安心と安定のpixiv様にも同時掲載です。http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3990939
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Lebensgrundlage ~帰るべき場所~


オーベルシュタインはペンを置くと小さく伸びをしてから、極力音を立てずに立ち上がった。
車の音さえ絶えた深夜。廊下への扉を開くと、主が寝室へ戻れるようにと配慮された薄明かりが、ほんのり灯るのみだった。
心が波立って眠れそうもなかった。オーベルシュタインは使用人たちを起こさぬよう、足音を抑えて階段を下りた。いつの時代からあるのか彼自身も知らない、古めかしい地下の防音室に辿り着くと、ホッと息を吐く。大がかりなオーディオセットとソファ、部屋の隅にはグランドピアノ、壁の半分を埋めるような本棚には譜面と音楽ディスクが整然と並んでいる。懐古趣味極まる場所であったが、オーベルシュタインにとって唯一の心休まる場所であった。幼少期にあっては涙と嗚咽を隠す必要がなく、青年期にあっては弦楽器の演奏に熱中し、成人してからは、遥かなる音楽に耳を傾ける場として、常にこの部屋は彼の味方だった。この部屋だけが彼の全てを受け入れ続けてきたし、誰よりも『パウル・フォン・オーベルシュタイン』という人物を知っているのだ。
オーベルシュタインはオーディオセットに手を伸ばしかけて、無機質な目を泳がせた。
脳裏に焼き付いた映像が、彼を責め立てる。瞬時に消えてゆく命、荒涼とした焼跡のみが広がる惑星。驚愕する上官の横顔が、僚友たちの嫌悪の顔が、彼をこそ焼いてしまえと業火の中へ突き落とそうとする。その強烈な責苦は一夜で消し去ることのできるものではなく、けれども彼はその十字架を背負い、自ら上官の盾となることを選んだ。
伸びた手の迷いはすぐに消え、オーベルシュタインは黒いチェロケースを掴んだ。大型の弦楽器であるそれは、彼の最も親しい友人であった。泣いても喚いても、狂気とも言える彼の思考を吐露しても、その友人はただ耳を傾けてくれた。手入れは怠っていないが、もうしばらく音を出していない。だが今宵はとても、他人の奏でる音を聴くだけでは、まどろむことさえ叶いそうになかった。自身の手で精根尽き果てるまで弦を震わせ、そのすすり泣きと悲鳴と、そして哀しみの歌を歌わせなければ、とても眠れそうにないと思った。
彼のレッスンのために用意された椅子とスタンド。その椅子を引き寄せると、卓上の抽斗から小箱を取り出して、その上へ乗せた。そこまでしてから小さく息を吸い込み、チェロケースの蓋を開けて長い弓を取り出す。ゆっくりとネジを回して毛の張りを整えると、いったん脇にある小テーブルへ置いた。先ほど取り出した小箱の蓋を開け、中から松脂を取り出す。もう一度弓を左手で掴むと、その毛に数回松脂を塗り込んだ。ひとつひとつの行為を丁寧に、楽器を傷つけぬよう注意を払いながら進めると、それだけで胸の中の波立ちが凪いで来るように感じられる。
松脂を塗り終えると、いよいよチェロを取り出してスタンドに寄せる。ネジは緩んでいないだろうか?グラつきを確認して手を放すと、チェロの滑らかな胴体部へ向かって、ほうと息を吹きかけた。過剰な湿度を与えてはならぬ楽器であるが、それが愛器への挨拶であった。クロスでさっと拭きあげてから、親友の後ろへ回り込み、椅子に浅く腰かける。弓を右手に取り、左から右へゆっくりと引いて第1弦の音を出す。調弦されていない不安定な音が室内に響いた。
大丈夫、忘れてはいない。親友との語らい方を。
オーベルシュタインはまるで子どもの頭を撫でるように、チェロのネック部分を2,3度撫でた。後ろから抱きかかえるようなこの姿勢が、彼は好きだった。大切な親友の背中を守れるようで、そのまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られるのだ。
気を取り直して、オーベルシュタインは調弦を始めた。いったん立ち上がると、グランドピアノの蓋を上げ、クロスを外す。
ポーンとA(アー)を叩いて、チェロの第1弦を合わせる。D(デー)、G(ゲー)、C(ツェー)とも同じことを繰り返し、調弦を終えた。オーベルシュタインは特別な音楽教育を受けた経験がないにも関わらず、非常に耳が良かった。恐らく生まれながらに盲目であり、義眼を使用してはいたものの、たびたび闇に襲われることがあるため、他の感覚が鋭敏になったのであろうと自身では推測している。そもそも、この楽器を友とした理由もそれだった。


オーベルシュタインが幼少のころは、現在よりも尚、障害者に対する様々な支援が不足していた。義眼のような技術開発も遅れており、当時彼が使用していた義眼は、今のものよりも粗悪で壊れやすく、代替品の入手にも時間を要した。必然、暗闇に堪える時間は今よりも格段に長かった。そんな彼に小さな弦楽器を差し出したのは、次期当主であるにもかかわらず捨て置かれた小さな主の身を案じた執事であった。
「これは何だ、ラーベナルト」
不安げな表情で恐る恐る手を伸ばすパウル少年に、ラーベナルトは柔らかく微笑んだ。
「ヴァイオリンでございます、パウル様」
機能しない疑似眼球を瞼の下に隠して、16分の1サイズの楽器に触れる。子ども用の、だが決して安価ではないヴァイオリンの曲線を、その姿を確かめるかのように撫でて、未だ呼吸する木のぬくもりを感じた。
「……小さい」
「パウル様のお身体に合わせて作らせましたので、普段ご覧になっているものよりは小そうございますね」
穏やかな執事の声に、小さな口元がきゅうと歪む。
「ぼくの……?」
その問いは二種類の意味を持っていた。確かに見聞きしたことのある楽器ではあるが、手に取ったこともなければ教師が来るとも聞いたことがない。それなのに自分専用のものを与えられる意味が、少年には理解できなかった。
そしてもうひとつ、恐らくこちらの方が重要な意味を持つであろう問い。
『父は』、それを赦したのか。
少年の不安を宥めるように、大きな手が優しく頭を撫でた。
「旦那様のお使いにならない防音室がございます。そこの使用許可を頂き、不肖、わたくしめが手ほどきを致しましょう」
「……!?」
疑似眼球でなければ、目を最大限に見開いたであろう。パウル少年は日頃からあらゆる家事をこなすラーベナルトの、仕事以外の顔を覗き見たような気がして、思わず息を呑んだ。頼もしい執事の庇護を受け、自分だけのために用意された楽器を奏でる。しかも多忙な職務の間を縫って自分とその時間を共有してくれる人間がいる。それがどんなに素晴らしいことかと考えただけで、少年はこの上なく幸せな気分になった。
しかし次の瞬間、少年は再び口元を歪めた。
「でも……」
この執事が、最大の理解者が、父の不興を買うことになるであろう。それは想像するまでもなかった。少年の喜びに紅潮した頬は、見る見る青白くなっていった。
「パウル様」
俯いた少年の頭上から、絹のヴェールを思わせる執事の声が下りてくる。
「ご安心ください。旦那様……いえ、お父上もご存じでいらっしゃいますよ」
そう言って目の前に屈んだ執事の両手が、少年の頬を包む。こうしてパウル少年は、この木製弦楽器の虜になった。
盲目でも弾くことのできるこの楽器は、闇に閉ざされて為すすべのない時間の光となり、パウルはいつしかその時を望むようにさえなった。鋭敏な感覚を持つ少年は、やがて執事の腕を凌駕するほどに上達し、ひとり彼だけの空間で女神の歌声を堪能するようになる。だが、成長するパウルにとって、その歌声はあまりにも神々しく甘美に過ぎた。甘い囁きは彼を酔わせ、一方で言いようのない疲労感をももたらすのであった。自然、より低音の楽器へと興味を移し、14歳の秋、パウル少年は初めて、祖父の形見であるこのチェロを愛器と決めたのだった。


以来、チェロとこの部屋は彼の内面を構成する重要な要素となっている。
オーベルシュタインは思い立ったようにG線とC線を調弦し直して、書棚から譜面を取り出した。
これだ。譜面を黙読して肯くと、静かに深呼吸をしてから徐に弓を弦にあてた。低音から始まり、岩にぶつかるような和音。重低音が不規則な鼓動を思わせる旋律が続き、突然のアルページオ。それを過ぎると、歌うような、けれど迷いの多い旋律。彼が選んだのは、遥か昔に愛されたコーダイの無伴奏チェロ・ソナタであった。スコルダトゥーラ(変則調弦)で奏でられる超絶技巧は、彼の中の諦念、絶望、悲嘆、覚悟といったものをいっそう燃え上がらせ、そして炭とし、昇華させていくように感じられる。

今なら理解できた。
あの時父が、パウルに与えられた至福の時間について諸手を挙げて賛成したはずはなく、やはり最愛の執事は父から相応の仕打ちを被ったに違いないということを。それでも彼に、これを与えてくれた執事の思いを。そしてこれがなければ、自分は疾うに生きながら死んでいたも同じだっただろうことも。

既に理解していた。
彼が上官に投げかけた提言は正論などではなく、詭弁であったことを。惑星ひとつを焼いてしまうことの意味を。そして、その責めを負うことになる自分と、生涯苦しみ抜くであろう上官の弱さをも。
では、なぜそうしたのか。子ども時代は何についても受け身でしかなかった。だが、今や彼は、能動的に動く大人である。なぜ、惑星ひとつを焼いてしまったのか。貴族連合軍に打撃を与える手段、内乱の早期終結。上官へ進言したそれらの理由は、単なる装飾のようにどこまでも空虚だ。
正道を行く上官に、罪を犯させる必要があった。
己でも責めを追い、枷とする必要があった。
清濁併せ呑む真の覇者とするために。
生ある限り支え続ける自身の、脆い箍(たが)をはめ直すために。

人命はしかし、彼の理想よりも尊いもののはずだった。生きる権利を奪われた人々の気持ちを、彼はとうとう理解することがなかった。いや、生きる資格なしと烙印を押された彼ならば、誰よりも理解できるはずであった。分からない。自分はどうすべきだったのか。叶うことならば戻りたい。戻って、やり直したい。……どこへ?
だが、事態はもはや過去のものとなっており、後悔は許されない。彼はこれを足枷とし、主君と僚友たちからの非難を一身に浴びて、そうして自身の権力を掣肘するものを増やして歩いて行くのだ。それが、彼の選び取った道なのである。

曲は第二楽章に入る。古の流浪の民があてもなく彷徨い歩きながら、誰にともなく歌いかける物悲しい歌。スコルダトゥーラを活かした独特の音階で奏でられる旋律は、彷徨う民たちの混迷を思わせた。ヴァイオリンかと聴き違えるような高音の泣き声が、オーベルシュタインの疲労した頭を締め付ける。時折入るピッツィカートはまるで小さな嘆きのように始まり、やがて泣き声と呼応して溜息となって終わる。第三楽章は一楽章のモチーフを引き継ぎながら、しかしまったく新しい疾走の始まりだった。どれほど迷いながら歩いても、もう後戻りは赦されない。力強く一息に、時に軽快に、彼の愛器はステップを踏む。これまでのどの楽章よりも色彩豊かに、モノクロームの世界から脱するように、オーベルシュタインはあらゆる技巧を駆使して奏で続けた。ふいに襲い来る揺り戻しと戦い、惑い、けれど打ち勝ち走り続ける。音楽は二の足を踏んではならぬものだ。どのような曲であれ、常に先を考え、望み、流れてゆくものである。己自身も、今は明日を、明日は明後日を、今年は来年を、来年は十年後を見据えて歩んでいかねばならない。
曲が何かを躊躇するように、けれど覚悟を決めるように低音から高音へとのぼってゆく。しばしの余韻、そして冒頭と同じ低いB音へ回帰して終わった。
「……っ……ふぅ……」
オーベルシュタインは弓を置くと、だらりと腕を下ろした。言い知れぬ高揚感に呑み込まれ、肩で息をしながら、額ににじむ汗をハンカチで拭う。
住処を持たぬ民たちの旅は終わった。彼らは帰るべき場所を見つけたのだろうか。果たして自分はどこへ回帰していくのだろう。普段の自分であれば到底考えもしない疑問を、耳の奥に残る残響が問いかけてくる。自分の命さえ否定された、何もないところから始まったのだ。帰りたくはないし、帰るところなどないはずだ。
過重労働を強いられた腕のだるさを感じながら、オーベルシュタインはふっと小さな笑みをこぼした。いつの間にか、先日拾ったダルマチアンの老犬が、彼のチェロケースにもたれてうずくまっている。チェロの音色にも、主人の失笑にもまるで無関心に、けれど当たり前のような顔で眠っていた。
帰るならこの部屋に帰ろうと、オーベルシュタインは答える。かつて執事と過ごした至福の思い出と、彼の代弁者となる楽器たちと、知らぬ間に居場所を確保したらしいこの犬と、すべてに出会えるこの部屋に、いつかその時が来たら帰って来よう。そのために、今はただ、走り続けていくのみなのだ。
柄にもない想像だと、オーベルシュタインは苦笑した。久しぶりに弦を押さえた左手が鈍く痺れて、凍てついた心を狂わせたゆえんだろうと、口のなかで小さく言い訳をした。


(Ende)

2014年5月 3日 (土)

ステイルメイト (銀河英雄伝説 二次小説)

一足先に、オーベルシュタインの誕生祝いです♪オーベルシュタインのフェルナーに対する評価とは……?
いつも通りpixiv同時掲載でございます。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3755952


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ステイルメイト


 豪奢で懐古趣味の色合いの強い部屋は柔らかな白熱球の灯りに照らされて、その繊細な装飾品が微に入り細に渡り美しく磨き上げられていることを主張していた。リップシュタット連合軍との戦いが本格化しようとしている前夜、宇宙艦隊総参謀長パウル・フォン・オーベルシュタイン中将は、上官であり帝国軍最高司令官であるラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の執務室に招かれていた。招かれていたと言っても、今作戦の確認や大貴族たちの下へ潜入させた士官からの報告などを携えて、オーベルシュタイン自身が訪ねていったのだ。
「今頃、提督たちは何をしているのであろうな」
報告を終えたオーベルシュタインをチェスの相手に据えた黄金の獅子は、他愛もない話題の一つとして、出征前の軍人たちの心情を予測せよと皮肉げな笑みを浮かべた。卿には理解できるはずもないだろうがと、その顔は言っていた。
「博打、酒、女でしょうな」
オーベルシュタインは上官の含み笑いを完全に無視して、能面のような顔のまま答えた。およそ心の機微など察するとも思えぬ男の口から、ありがちで俗っぽい言葉が発せられ、ラインハルトは思わず目を見開いた。
「そう驚かれることもありますまい。あくまで一般論です」
小馬鹿にするような口調で躊躇いもなく言ってのける参謀は、細く滑らかな手でポーンを進めた。受け手を思案するラインハルトの瞳が、じろりとオーベルシュタインの顔を睨む。オーベルシュタインが、上官の動かそうとしていた駒を封じてしまったのが原因らしい。睨まれた部下はふっと溜息を吐いて色の薄い唇を動かした。
「優秀な人材が集まりましたな」
諸提督の話題に戻すことで、上官の負の感情をやり過ごす。この程度の操作は、苛烈な情動を持つ若き覇者の側近として仕える身となってから、容易く行うようになっていた。涼しい顔で自分の激情を抑えられたラインハルトが、美しい眉間にほんのわずかな皺を寄せる。
「集まったのではない、集めたのだ」
足を組んでナイトの駒をつまむ様が、えも言われぬほど優雅で、オーベルシュタインは僅かに目を細めた。
「御意ですが、結局のところそれは、閣下の懐の深さ所以でございましょう」
常と変らぬ口調で紡がれた言葉に、ラインハルトが意外そうな表情で笑う。
「卿が私を手放しで褒めるとは珍しい。雨でも降らねば良いが」
そう揶揄して目をやった窓の先には、完全に日の暮れた闇が映っていた。オーベルシュタインもふんと鼻で笑うと、話の先を進めた。
「ロイエンタール、ミッターマイヤー両大将にはレンテンベルク攻略に赴いて頂きます。出征準備も済み、ミッターマイヤー提督は奥方と、ロイエンタール提督はどこぞの美女とそれぞれ美酒を楽しんでいる頃でございましょう」
なるほど、と面白そうな顔をして、ラインハルトはそれぞれの様子を想像した。そして、ふと思い付いたことがあった。
「卿はあの二名をどう思うか」
蒼氷色(アイスブルー)の瞳が好奇心を湛えてこちらを真っ直ぐ見つめているのを見て、オーベルシュタインは内心で溜息を吐いた。
「私の口からそれを語らせることに、何の意味もありますまい」
不快の微粒子を無表情で包み隠しながら答える。だがその程度では、若き主君の翻意を得られなかった。
「たまには卿の語る人物評に耳を傾けるのも一興であろう。この勝負が続く間だけで構わぬぞ」
傍らのワイングラスを手に取って、義眼の部下へと差し向ける。オーベルシュタインはしばらく頑なに射抜くような目で主君を見返していたが、やがて仕方なく、差し出されたそれを受け取った。
「では、この勝負が終わるまで」
そう言ってチェス盤に目を落とすと、次の手を打ちながらおもむろに口を開いた。
「ミッターマイヤー提督は知勇のバランスで見るといささか勇に傾いております。しかし、人望厚く卓越した統率力を発揮でき、といって自身の能力に驕ることなく分を弁えた振る舞いのできる稀有な存在と言えましょうな」
主君の顔を見やると、無言のまま先を促される。
「ロイエンタール提督は……」
言いかけて、オーベルシュタインは半瞬躊躇った。それはオーベルシュタイン自身がロイエンタールに対して、表現しがたい異様な警戒心を抱いているからにほかならなかった。それを口にすべきかどうか迷って、しかし半瞬の後には滑らかに言葉を繋いだ。
「ロイエンタール提督はバランスの面から見ると知勇を兼ね備えているでしょう。閣下よりも」
「ほう、私よりもか」
ラインハルトが楽しげに問い返す。自分を上回るという評価に、ラインハルトはいささかも不快感を覚えなかった。彼自身も同様の評価を、金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の男に下していたからである。
「左様です。ですが彼は閣下のようにはなれません」
今度の言葉は予想外であった。いや、想像外と言った方が正確であろう。彼の野望を共有する数少ない部下の一人が、背反して自分と同じ立場につくという想像を、彼は全くしていなかった。だから興味深げに肯いた。
「彼の球は閣下には到底及ばない。ものの喩えとご承知いただければ幸いですが、もしロイエンタールが皇帝たらんと欲したとして、現在の皇帝の首を切って自身がその座におさまる程度のことはするでしょう。ですが、宇宙の統一、政治中枢の刷新といったところには、恐らくそれほど興味を抱きますまい。唯一絶対の権力者として何者の下にもつかぬ立場に満足するだけで、真に国民の支持を得る独裁者にはなれんでしょうな」
ロイエンタールから感じ取る薄気味悪い野心の存在については明言せず、一見表現を控えたかに見えて、これはラインハルトへの無遠慮な忠告であった。権力を欲するのは構わないが、その座についた時に己の本分を忘れぬようにと釘を刺したのである。だが、彼の主君は全く鼻白まなかった。口の端を小さく吊り上げて余裕を表してみせると、異なる問いを半白髪の部下へ向けた。
「卿の見るところ、提督たちの中に覇者としての器量のある人物はいるのか」
オーベルシュタインは軽く瞑目して諸提督の顔を思い浮かべてから、小さく首を振った。
「それほどまでの覇気と器量を併せ持つ人物は、残念ながら思い当たりませんな。……例えばレンネンカンプ提督は実践経験も豊富で堅実な男ですが、型にはまり、閣下を凌駕せんという野心はありません。。ケスラー、ルッツ、ワーレンといった面々も十分に成熟しており能力面において不安はないですが、様々な個性を従える器量に不足を覚えます」
上官が白磁の頬を満足げに紅潮させている。オーベルシュタインは手元のルークを動かしながら、更に続けた。
「ビッテンフェルトは先般の猪突による失敗はあったものの、特筆すべき能力の持ち主と申せましょう。ですが彼には上官の制御が必要ですし、彼自身も恐らくは、閣下へ忠誠を尽くすことの方が向いていると感じているでしょう。メックリンガー提督は能力はともかく、彼自身が最高指導者たるを望みますまい。……無論、私自身のことは今更申し上げるまでもありませんが」
全てが本心でないにしても、ほぼ違わぬ評価を下している。オーベルシュタインは真正直な意見を上官へぶつけた。対するラインハルトは、あくまで戯れといった表情で鷹揚に肯いて見せた。
「卿でも他人を褒めることがあるのだという点においては、なかなかに興味深い批評であった」
そう言って皮肉げに笑うと、すべらかな手でオーベルシュタインのポーンを弾いた。互いにワインをひと口喉へと流し込む。
「ところで、卿のところの部下はどうだ。あれも面白い男であったが」
流れ落ちた金糸を鬱陶しげにかき上げて、象牙細工のような上官は、また愉快そうな笑みを鋭い視線に込めた。オーベルシュタインは暫し怪訝そうな顔をしたが、すぐに得心した様子で再び無感動なそれへと戻った。
「フェルナー大佐のことでしょうか」
「そうだ。あの男の忠誠心に関する解釈は、暴論ながら実に的を射ていた。そうは思わぬか?」
オーベルシュタインは失笑とも嘆息とも言える息を吐いた。
忠誠心というものは、その価値の理解できる人物に対して捧げられるもので、人を見る目のない主君に忠誠を尽くすのは無駄だと、電子手錠をかけられたまま、臆するでもなく言ってのけたのだ。その視点で言えば、自分が彼を評価するのではなく、彼の述べる自分への評価を聞くべきである。いや、彼の忠誠の対象はあくまでラインハルトであるはずだが。
「どうと申されましても、今のところ忠実に職務に邁進しているとしか申せません。まだ二月も経過しておりませんので」
「二月もあれば、批評くらいできるであろう」
「……。」
オーベルシュタインはついと視線を外すと、チェスの盤面に目を落とした。二人の対局は、初めオーベルシュタインの優勢に傾いていたものの、現在ではラインハルトが圧倒してきていた。
”この状況”を打開する策はないだろうか。
オーベルシュタインはゆっくり駒へと手を伸ばした。
「彼は狩りをするネコ科の生き物に似ておりますな」
同様にチェスへと注意を戻していたラインハルトが、訝しげな顔をする。
「黙々と忠実に働くこともできますが、自身の裁量で判断し、状況に応じて柔軟に動く任務の方が向いているでしょう」
そこで一旦大きく息を吐く。この先が、彼がフェルナーをやや持て余しつつも、奇妙に受け入れてしまっている部分である。
「……たいそうな自信家のようで、上官に対して礼節は重んじますが畏怖の心はない。上におもねることなく、といって、神経を逆撫でし過ぎることもなく、気が付けばすぐそばまで寄って来ているのです。足音を忍ばせて狙いを定めるハンターのように」
酷い批評だと、ラインハルトは声を上げて笑った。
「フェルナーというのは大した男だな。たった二ヶ月足らずで、卿の懐近くに忍び寄っているということなのであろう」
その通りだ。オーベルシュタインは声もなく肯く。改めて、つくづく不思議な男だと思う。これまで自分の直属の部下となった者は、一ヶ月ともたずに胃痛を訴え始めたのだが、フェルナーに関してはそういった節も見当たらない。それどころか、自らオーベルシュタインのそばに立ち、主導して部下たちを取りまとめる存在となっていた。しなやかで足音もなく懐深くまで入り込むようなその性質を、オーベルシュタインは猫と喩えたのであった。
「それで、卿はその部下のナイフを避け切れたのか?」
ラインハルトのその問いに、オーベルシュタインの背筋はぞくりと粟立った。自分はあの男の刃を、完全に避けることができているのか?目的を達成するために、何者をも寄せ付けず歩んできた自分の横へ、当たり前のようにその居場所を確保したあの部下の刃を。……愚かな問いだ。王朝打倒を決意したあの日から、自分が心を許した人物などいないはずではないか。
オーベルシュタインは自身に呆れたように笑うと、コンコンとチェス盤を中指で弾いた。
「まだ仕事を残して来ておりますので、この辺で」
そう言って立ち上がりかけると、金髪の覇者は鋭い眼光で彼を射抜いた。
「チェスはどうするつもりだ。負けが込んで来たから逃げるとでも言うのか?」
苛烈な上官の視線をさらりと受け流すと、オーベルシュタインは表情を動かすことなく口を開いた。
「チェス盤を良くご覧下さい。今の私の手に、動かす余地がありましょうか」
そう告げられ、ラインハルトは美しい顔を歪めながら盤面を見やる。いや、見なくても部下の発言から察することはできた。
「引き分け(ステイルメイト)か」
苦々しげに呟く。
「御意」
オーベルシュタインは静かに肯くと、改めて立ち上がり敬礼を施した。
ピピッピピッと、ラインハルトのデスクに置かれたTV電話(ヴィジホン)が鳴る。部屋の主は立ち上がってデスクへ戻ると、受信ボタンを押した。内容を確認するとオーベルシュタインの方を振り返って、
「卿あてだ」
と、彼を呼び寄せる。オーベルシュタインはラインハルトに向かって軽く頭を下げてから、主君に代わってヴィジホンの前へ立った。
『このような夜分に、また、ご多忙のところ失礼いたします』
そう告げた本人も軍服のままで、恐らくまだ職務に従事しているのであろうと思われる。オーベルシュタインは小さくかぶりを振った。
「それは構わぬが、急用か、フェルナー大佐」
画面の先には、先ほどから話題の中心となっていた、癖の強い銀髪の不遜な部下の顔があった。
『いえ、緊急の用ではありませんが、今夜中でなければ意味がないという点では急用と申せましょう』
自信たっぷりの彼にしては、いつになく歯切れが悪い。オーベルシュタインは眉間に皺を刻んだ。
「何だというのだ」
画面の向こうで、フェルナーがほんの一瞬逡巡する。しかし重ねて問う間はなく、すぐに卒のない笑顔がこちらへ向いた。
『閣下のお誕生日をお祝いするために、春摘みのダージリンを手に入れましたので、日付の変わらぬうちにお戻り下さい』
事務的な報告でもするかのような顔と声で、オーベルシュタインの私的な領分に踏み込んでくるのはいつものことと分かってはいたが、この時ばかりは唖然とせざるを得なかった。よりによってラインハルトの執務室にまでとは。溜息まじりに呆れつつも、オーベルシュタインは部下の態度を画面越しに品評した。真摯で誠実そうな笑みは、果たして彼の本意であろうか。
『閣下?』
再度問われて我に返る。いずれ戻るところではあったし、やりたくもない人物評から逃れる口実にはなる。
「ああ、分かった。用事は済んでいるから、すぐに戻る。春摘みであればストレートが良いな」
そう答えると、部下の翡翠の目が嬉しそうに輝いた。
『承知いたしました。とびきり美味しくおいれいたしますので、早くお戻り下さいね』
オーベルシュタインはヴィジホンの通信を切ると、ラインハルトへ向かって一礼した。
「今日は卿の誕生日だったのか」
「はい……」
誕生日の夜に、友人でもなく、まして妖艶な美女でもなく、上官を相手にチェスをしながら人物評を繰り広げ、部下と紅茶を嗜むとは、なかなか風変わりな過ごし方だとラインハルトに笑われて、オーベルシュタインはそうせざるを得なかった元凶へ冷たい視線を投げた。今更どれほど努力したところで、変えようもない事実であるのだから、余計なことは口にしないのが得策である。オーベルシュタインは再度敬礼を施し、退室の許可を請うた。
「先ほどの答えを聞いていなかったな。卿はあの部下のナイフをかわす自信があるのか?」
ラインハルトの声が、咎め立てるように響く。オーベルシュタインはしかし、はっきりとかぶりを振った。
「チェスは終了しました」
「だが、引き分けのままだ」
オーベルシュタインはもう一度かぶりを振ると、若干の嫌味を込めて丁寧に説明してやった。
「閣下は、この勝負が続く間とはおっしゃいましたが、勝敗が決するまでとはおっしゃいませんでした」
冷たい表情を微塵も崩さず正論を突きつける参謀は、チェスに興じても彼らしさを失わなかった。
「ステイルメイトか」
ラインハルトは忌々しげに親指の先を口元へ当てると、それと分かるように舌打ちした。そんな上官へ無駄のない所作で頭を下げると、部屋を出ようと足早に歩き出す。ドアを開けようとしたところで、背後から主君の声が投げかけられた。
「待て、オーベルシュタイン」
振り返ると同時に小さな箱が飛んできた。咄嗟に受け取ったそれは、普段手にすることのないオーベルシュタインでも知っている、有名ブランドのチョコレート菓子の箱であった。
「卿は思いのほか部下想いの上官のようだ」
発言の意図を図りかねて顔をしかめると、ラインハルトがククッと笑った。
「部下想いの上官としては、部下から一方的に祝われては面目が立たぬであろう。茶菓子にでもするが良い」
手にしたチョコレートの箱へと目を落とす部下に、上官は笑みを崩さなかった。
「質問の答えは、聞いたも同然のようだ」
楽しげに笑うラインハルトへ、表情のない義眼が向けられた。オーベルシュタインは黙したまま一礼すると、今度こそラインハルトの執務室を辞して、ドアを閉めた。
彼の手に託されたのは、オレンジピールの入った紅茶に良く合う甘そうなチョコレートであった。
「ステイルメイトか」
小さく呟くその顔には、何の感情も表れていない。
廊下を歩くオーベルシュタインは、今になって、主君の前で晒した己の失態に気付いた。あからさまに戸惑うべきことなど、ありはしなかった。あの場ではどうとでも答えようがあったではないか。自分は引き分けたのではない、負けたのだ。洒落た小箱を握る左手が、急に血の気を失って冷えていくような気がした。

ステイルメイト、それは意図的に作り出すことのできる引き分け。故意に身動きのとれない形を作りだすことで、負けることなく戦いを終えることができる逃げ技。盤上で引き分けて主君との会話を切り上げようと策を弄したつもりが、何のことはない、盤の外では完膚なきまでに負けていた。

敗北の証のチョコレートを手に、部下の待つ執務室の扉を開ける。途端に、くすんだ銀髪の端正な笑顔に迎えられた。ティーカップを応接セットのテーブルに並べ、さも当然のような顔で敬礼を向けてくる。

不思議な男だ。
これまで自分の周囲に、このような存在はいなかった。
自分のことを恐れもせずに、まるで空気のようにそこにいて、気が付けば周りの景色を変えている。
身勝手に、けれど不快にさせず。

内心で独りごちて、灰色の参謀長は己の完全な思い違いに苦笑した。

やはり、この勝負は引き分け(ステイルメイト)であった。
自分は、親しい”人間”など誰ひとりとして作っていない。
そう、この部下は”猫”なのだから。

香り高い春摘み紅茶に誘われた茶会は、生誕を祝われる者にとって久々の休息となった。傍らにいる猫は刃を持たず、ただ、複雑怪奇な毛色の尾を持つだけであった。


(Ende)

2014年4月15日 (火)

シェルター (銀河英雄伝説 二次小説)

一時期、スマホの閉じ込め画像が流行った時に、「私は絵が描けないから~」と言っていたら、「じゃあ閉じ込め小説でいいよ」と言われたので、遅ればせながらUPしました。軍務省コンビの閉じ込め小説です。いつも通りpixiv同時掲載です。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3684442

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シェルター


 その日、新銀河帝国軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、官房長アントン・フェルナー少将と幾人かの護衛を連れて、新設される陸上訓練施設の視察へ出かけていた。自由惑星同盟が有名無実化した現在、新たな軍事施設の必要性に疑問も呈されるところではあったが、であればこそ、実践の機会の少なくなる将兵たちの訓練施設を確保する必要はあるだろうというのが、施設建設の理由であった。

ともあれ、あとは正式な認可を待つばかりとなったその訓練施設の視察に、オーベルシュタインは昼からの半日を費やすことになっている。
「お待ちしておりました、軍務尚書閣下」
防弾対策の取られた地上車から降り立った軍務尚書一行を出迎えたのは、不健康に青白い皮膚とでっぷりとした腹が狸を思わせる軍事設備管理局長と、痩身で吊りあがり気味の目から狐を連想させる設計建築責任者の二名であった。フェルナーは上官の斜め後ろに降り立つと、あと一名の不足を咎めるように眉根を寄せた。その表情に気が付いたのか、管理局長の方がすかさず「現場責任者はこの中でお待ちしております」と付け加えた。
オーベルシュタインは首肯して先を促し、その施設へと歩を進めた。
「こちらが主な屋内訓練場を備えた建物です。陸戦訓練、空戦訓練、砲塔訓練、操縦訓練等の各種屋内訓練場と医務室、静養室からなっております。この建物の南には大規模屋外演習場と、その西に宿泊施設があり、総面積約35万平方キロメートルです」

現場責任者を名乗る男と合流し、管理局長が案内役を務める形で視察は進んだ。前王朝からの悪しき因習から脱した、華美でない機能的な造りの訓練施設は、少なくともこれまでのところ不備な点も見当たらなかった。
しかし、フェルナーの頭の隅で、釈然としない何かが漂っている。
施設の前に降り立った瞬間から、その違和感がつきまとい、油断するなと警告を発していた。

軍事設備管理局長にしろ設計士にしろ、姓名はともかく人相まではフェルナーも知らない。事前にデータバンクへ照会しておかなかったことを後悔していた。彼らが工作員でないと言い切れる証拠はひとつもないのだ。それに、現場責任者だけが屋内にいたのはなぜか?何者かとすり替わるためではなかったのか?

違和感の正体を掴めぬまま、フェルナーは小走りでオーベルシュタインの背中を追った。
「閣下」
声をひそめて上官の肩の間近へ寄ると、オーベルシュタインがちらりとフェルナーへ視線を向けた。
「理由は申せませんが、ご用心下さい」
早口で告げたが、軍務尚書は理解した様子で小さく肯いた。何事かを発しようと、色の薄い唇が開かれた時、前を歩いていた管理局長が足を止めた。

「この建物ではこちらが最後になります」
勿体ぶった口ぶりそう言うと、電動扉の脇のパネルを操作して見せる。
シューッと音を立ててロックが解除され、その大きさからは意外に思えるほど静かに、扉が中央から上下左右へと別れていった。大仰で分厚い壁のような扉である。
「ここは、平時は会議室など多目的な場となる予定ですが、もうひとつ、地下という条件を活かした設備がございます」
当ててみろとでも言うような得意げな目で、管理局長はフェルナーに向かって浅ましい笑みを浮かべた。フェルナーが卒なく困惑してみせると、その笑みは更に満足げなそれに変わって、ぐんと胸を突き出した。そして大儀そうに息を吸い込むと、
「この部屋は何と、非常時には大型シェルターとしても機能するようになっているのです」
オペラでも歌い出すのではないかと思うほど、芝居がかった管理局長の声が、殺風景な地下シェルターに響き渡る。感嘆の声が上がるのを待つかのような沈黙。だが誰ひとり彼の期待に応える者はなく、管理局長は何とも言えない笑みを張り付かせたまま天を仰いだ。
無論、オーベルシュタインもフェルナーも事前に設計図には目を通している。当然、ここがシェルターの役割になることも承知していた。ゆえに初めから驚きなどしなかったのだが、護衛隊長ヴェストファルやその部下たちも、特別そのようなことに動じる人間ではなかったため、結果として反応する者がいなかったのである。
朗々とした語り口から一転して、しょぼくれた狸のような風体になった管理局長を気遣わしげに見やりながら、痩身の設計士が言葉を繋いだ。
「では、具体的なご説明をいたしましょう。まずこの部屋は地下65メートルの位置にございます。約10m×6m、高さ約3mの半ドーム型になっており、装甲扉を閉鎖することで完全な密閉空間になります。濾過機能を持つ強制給排気装置により、有害ガスなどを完全にシャットアウトできる仕様です」
ほう、と、今度こそ感嘆の息が漏れる。管理局長がちらりと忌々しげな顔をしたが、やはり技師の説明には叶わないと理解しているのか、口を開こうとはしなかった。
「さらに波状攻撃への対応として、このシェルター内部にも隔壁を設けております。……ちょうどこのあたりの、約4m×2mだけの狭いスペースで仕切られることになります」
最終的な要人護衛用とでもいうところであろう。外壁や装甲扉、隔壁の厚みや強度などの説明を聞いて、オーベルシュタインはちらりとフェルナーへ視線を投げかけた。今のところ、これといった変事は起こっていない。無論、起こらないに越したことはないのだが、こういった状況でのフェルナーの勘がかなり鋭いことを、この軍務尚書は知っていたのだ。あまり公表されていないが、王朝の影の部分を担うオーベルシュタインが、襲撃を受けることは珍しくなく、かつては実戦部隊を率い、現在では潜入調査も手掛けるフェルナーの嗅覚に、たびたび救われていたのである。
「では、屋外演習場へご案内します」
設計士の説明が終わるや否や、管理局長が腕を大きく振り上げ自己の存在を主張した。その時である。
地上方面で爆発音が響いた。ヴェストファル中佐が音の方向へと視線をやる。あからさまに殺気立ったり動き回ったりしないのは、さすがプロというべきであろう。
「遠いな」
この場では最高位であるオーベルシュタインが、常と変らぬ声で呟くと、フェルナーとヴェストファルが同意するように肯いた。
「おそらくこの施設そのものではないでしょう」
平常心を失わない一行の中に、しかしそうでない者も複数存在した。
「わ、私は外の様子を見て参ります!」
管理局長と現場責任者が駆け出し、設計士が慌てて追いかけていく。様子を見るというのは口実で、逃げ出したいという本音があからさまに感じられた。本来であれば賓客を置いて立ち去るなど、あり得べからざる行為である。
フェルナーが呆れたように息を吐いて、
「我々も出ますか」
と上官の表情を窺った。
オーベルシュタインは乏しい顔面の筋肉を僅かに動かして、諾と答えた。
「陽動という可能性も考慮に入れるべきだな」
そう付け加えるて、ヴェストファル中佐率いる護衛隊に通路の安全確認を命じた。するとすぐさま、フェルナーから反論がある。
「おっしゃる通り陽動であれば、護衛隊は閣下のおそばにいた方がよろしいでしょう」
オーベルシュタインは何の感情も湛えない機械の目で、部下の翡翠の瞳を睨みつけると、小さくかぶりを振った。
「卿がいれば十分であろう」
上官の返答を聞いて、ヴェストファルら数名の護衛隊が駆け出して行く。フェルナーは彼らの遠ざかる足音を聞きながら、上官へ不敵な笑みを向けた。
「ずいぶんと小官を買って下さっているのですね」
何しろプロの護衛隊がいなくても、フェルナー一人で大丈夫だと言ってのけたのだ。それだけ信頼していると口に出したようなものだと、フェルナーは思う。
しかし当のオーベルシュタインは、部下の軽口に沈黙を保ったまま、やや表情を険しくさせた。もっともフェルナーの方でも、はなから返答など期待していなかったから、小さく笑うだけにとどめた。
「何があっても守りますよ」とは、決して口に出さなかったし、その必要性さえ感じなかった。
ひとつの備品もない会議室兼シェルターの殺風景な空間は、何やらうすら寒さを感じさせる。オーベルシュタインは強制給排気装置らしい大型の機械と、装甲の厚い壁をぐるりと眺めると、諦めたように設計図を挟んだファイルへと目を落とした。フェルナーはそんな上官の背中に注意を向けている。
「閣下、我々も出口の方へ……」
言いかけて、言葉が切れた。
先ほどまで視線の先にあった分厚い装甲扉が、フェルナーの視界から消失していたのである。もっと正確に言うならば、別の障害物によって扉が視界に入らない状態になっていたのだ。
「閣下!」
呼びかけるまでもなく、オーベルシュタインも現状を認識していた。シェルター内をさらに小さく仕切る隔壁が下りていたのである。
「落ちつけ」
日頃自分の前でさえ歪んだことのない部下の顔が、緊張と動揺で強張っているのを見て、オーベルシュタインは低い声でたしなめた。
「ヴェストファルらが外にいるのだ。事故であれ故意であれ、いずれ助けが来よう」
腹をくくったのか元々危機感が欠乏しているのか、あるいは己の生命への頓着がないのか、帝国の重鎮は面白くもなさそうにそれだけ言って口を閉ざす。
わずか8平方メートルの空間で、二人は互いの息遣いだけを聞きながら時の経つのを待った。
「閣下は、事故だとお考えですか?」
外界の音も光も遮断された部屋で、今やるべきことは上官の無事を確認し続けることだけだ。フェルナーはそう認識して、オーベルシュタインへぼそりと言葉を投げた。オーベルシュタインの方はその意図を察した様子でもなかったが、他にすべきこともないためか、呟くような答えが返って来た。
「装甲扉も隔壁も、音もなく閉まった。本来鳴るべき警告音が消されていたと見るべきであろう」
上官の指摘は的を射ていた。まったく明らかに人為的なことだ。フェルナーは肯いて更に続けた。
「何者の仕業でしょうか」
フェルナーの問いに、オーベルシュタインは初めてファイルから目を上げた。軽く閉ざされた瞼から、その義眼の揺らめきは窺えない。やがてゆっくりと目を開けると、小さく息を吐いた。
「憶測にしかならぬが、恐らくは軍事設備管理局長と名乗る男が関与しているであろうな」
憶測と言いながらも断定に近い響きを持っている。フェルナーは僅かに目を見開いて、その真意を問いただした。この上官であれば、フェルナーが初めに感じた違和感の正体を、あるいは言い当てるかもしれない。
「青白い肌だ」
オーベルシュタインはそこで言葉を切って息を継ぐと、部下の反応を見やりながら続けた。
「工部尚書であるシルヴァーベルヒでさえ、たびたび新首都建設現場へ足を運ぶと聞く。管理責任者であれば、その職務の半分は現場にあるべきであろう。にもかかわらず、陽にさらされたことのないような青白い肌をしていたあの男は、彼の名を騙る別人だ」
ああ、その通りだ。フェルナーは疑問が氷解した気分になった。彼ら三人の顔を見て覚えた違和感は、青白い顔に不釣り合いなヘルメットをかぶった管理責任者の男だったのだ。それを容易く見抜いた上官の洞察力に、フェルナーは改めてぞくりとした寒気を覚えた。

いや、違う……

「閣下、寒くなっていませんか」
フェルナーは無意識に両腕を抱え込むようにしてさすった。明らかに室温が低下してきているように感じる。オーベルシュタインは相変わらず顔色一つ変えずに肯いた。
「先ほどから空調も止まっているようだ」
はぁ、と翡翠の目を翳らせてフェルナーが溜息をつく。
「視察先で凍死だなんて、ご免こうむりますよ」
端正な顔に刻まれた眉間の皺が、いっそう深くなる。このような状況でなければ、この部下の変化を楽しんでいたかもしれない。オーベルシュタインはしかし、そんな部下へ追い打ちをかけた。
「真冬で地上が極寒の地とでもいうのなら凍死もあり得るが、この季節にこの地ではさほど問題になるまい。それよりも他に、問題にすべきことがある」
そう言うと、空調設備の横にある稼働していない強制給排気装置へと目をやった。
「あ……」
フェルナーは思わず口を開けたまま瞠目した。
「完全な密閉空間で、給排気が作動していない。おそらく寒さよりも酸素不足が先に我々を脅かすであろう」
唖然とするフェルナーをよそに、オーベルシュタインは壁の隅を手探りし始める。机や椅子といった備品さえ満足に揃っていない部屋である。この期に及んでこの状況を覆す何かがあるとは思えない。およそ8平方メートルの空間は、荷物のない倉庫という以上の印象を与えなかった。目に入るのは空調と給排気装置、そして配電盤だけである。フェルナーは情けないほどに膝の力が抜け、その場に座り込んだ。
「フェルナー」
壁をぐるりと一周探ったらしいオーベルシュタインが、フェルナーの傍らに立つ。ひょいと何かを差し出されて、反射的に顔を上げた。
「気休めにしかならぬが、いざという時は躊躇わずに使用することだ」
上官の手には携帯酸素が4本あった。扉の開いた配電盤には、携帯酸素の収納スペースのほか、非常用の懐中電灯が設置されていた。缶に描かれているゴシック体の「O2」という文字が、妙に恐怖をかき立ててくるように感じた。はっきりとした現実感を伴ったせいだろう。未だ酸素の薄さを感じていないフェルナーは、どこかこの密閉空間に対しての危機意識が低かったのかもしれない。
「使わずに済むことを祈って下さいよ、閣下」
そう言って引きつった笑みを浮かべたフェルナーを、わずかに細めた瞳で見つめると、オーベルシュタインもやや隙間を開けて腰を下ろした。
「24立方メートルの空間だ。24,000リットルの空気が存在するから、理論上は二人でも丸一日生きのびることができるはずだが、この中の空気には対流がないため酸素濃度に偏りが生じよう。せいぜい半日以内に救助が来ることを祈るしかないであろうな」
ありがたくない予測を平然と述べると、余計な酸素を浪費しないと決め込んだのか、オーベルシュタインはその唇を閉ざした。フェルナーは壁に背中をつけて座り直すと、あまり高くない天井を見上げた。半ドーム状の天井の一部だけが見える。

『何があっても守りますよ』

先ほど言わずに胸の内に収めた言葉が、フェルナーの胸の中に恨めしげに蘇る。自分は何を驕っていたのか。今こうして、上官の危機に自分は何一つできていないではないか。設計士が得意げに語っていた堅牢な要塞とも言えるシェルターが、軍務尚書への凶器になっているのだ。なぜ、違和感を覚えた時点で視察を中止しなかったのか。フェルナーの頭には後悔の二文字しか浮かんでこない。あの時点で理由をつけて中止を言い渡せば、何かリアクションがあったかもしれないが、屋外であれば対処のしようもあったはずだ。それに、ヴェストファルらもいた。
「そういえば、護衛隊が戻ってくる様子もありませんね」
思い出したようにフェルナーが呟く。
「これが計画的な行為だとすれば、彼らもどこかで足止めされているのだろう」
膝を立てて座るオーベルシュタインは、凛とした姿勢を崩さずに、こちらも呟くように応じた。
「ともかく、無駄な体力を浪費せぬ方が良い。眠ってしまうのもひとつの手段だろうな」
そう付け加えると、自身も軽く目を閉じた。緊張状態のフェルナーはさすがに眠る気にもならず、さりとて目を開けていても良い思案が浮かぶわけでもなく、半ば上官に言われるがまま、翡翠の瞳を瞼の裏へと隠した。
今日は午後いっぱい視察の予定であった。多少帰りが遅くなったところで、軍務省に残るシュルツ秘書官の方でも不審に思わないだろう。様々なことが災いしているのだ。
考えるだけで、気分まで悪くなる。
ああ、それにしても寒い……。

 ふと目を開けて、フェルナーは自分が眠りこんでいたことに気付いた。あれほど眠れないと思っていたはずだが、自分はやはり神経の太い方なのだろうと苦笑する。欠伸をひとつすると、微かではあるが酸素の薄さを感じた。フェルナーの動きに気付いたのか、オーベルシュタインもゆっくりと目を開いた。こちらは欠伸こそしないが、不快そうに眉間に皺が寄っている。
「頭痛や吐き気はないか」
上官の問いに、否(ノイン)と答える。両者ともに軍人としての専門教育を受けて来た身である。酸素欠乏症に対する知識はあった。オーベルシュタインは「そうか」と肯くと、それ以上は何も口にしなかった。フェルナーは右手で拳を作ると、コツンと床を叩いた。分厚い隔壁まで這い寄ると、ドンドンと叩いてみる。無駄だと分かってはいるが、外の状況も不明である。こちらの状態が気付いていない可能性も皆無ではあるまい。誰かに知らせられればという一心であったが、十数回叩いたところで腕を下ろした。
この隔壁の先には、更に分厚い装甲扉があるのだ。この音はその扉さえ越えることはできないだろう。フェルナーは元いた場所へ戻ると、再び膝を立てて座り直した。上官の横顔を眺めると、また眠ってしまったのか、両の瞼は閉ざされていた。


 それから三時間ほども経過した頃だろうか。オーベルシュタインは顕著な息苦しさで目を覚ました。肺が十分に膨らまず、浅い呼吸だけで意識を保ち、ひどい頭痛に見舞われていた。
「閣下……」
安否を確認する部下の声が聞こえた。オーベルシュタインが、視線のみを僅かに動かして無事を伝える。部下の額にも脂汗が浮かんでいた。
「俺たち……このまま……死ぬんでしょうか……ね」
いつもは突き刺さるような翡翠の目が、ぼんやりと潤んでいる。体を動かすのも辛いのだろう、首だけが軽くオーベルシュタインの方を向いているだけだった。
「予言は……できぬが……最大限の生き残る努力を……するしかない」

言葉を発するだけで激しい窒息感を覚える。オーベルシュタインは携帯酸素を口元へ押しあてた。

死を予感する。
このようなところで?
皇帝(カイザー)を守るでもなく、戦場でさえなく、視察に赴いた無人の訓練施設で、部下と二人で命のともしびを削られていく。
自分の命など惜しんではいない。
やりたいことはまだあった。しかし、新体制の樹立が成った今、自分のような強烈な個性のは必要ない。
王朝黎明期の軍務尚書という任であれば、他の者でも十分に堪えうるだろう。
気がかりなのは、横にいる若者であった。
軍人である以上、危険と隣り合わせであるのは当然だ。
上官を狙ったテロに巻き込まれるのもやむを得ない。
だが、このような状況で命の欠片を削ぎ落とされていくのを見るのは、いかにオーベルシュタインといえども耐えがたかった。
できることならば助けたい。

手のひらに、じんわりと汗がにじんでいた。

「ねえ……閣下……」
苦しげなフェルナーの声が自分を呼ぶ。オーベルシュタインは重たい体を叱咤しながら顔を上げた。
「どうした」
こちらへ首を伸ばすフェルナーを正面から見据える。あれほど敏捷で鋭気にに富んだ部下の顔から、驚くほど生気が失われており、オーベルシュタインは言葉を失った。おそらく自分も似たような状況ではあろうが。
「ちょっと、肩……貸してもらえ……ませんか」
そう言いながら、全身を引きずるように近づいてくる。オーベルシュタインも渾身の力を振り絞って、フェルナーの横へと体を移した。横に並んだ部下の頭が、オーベルシュタインの肩にもたれかかる。はあはあという荒い呼吸だけが鼓膜を振動させた。
本当はできるだけ離れていたほうが良いとか、立ち上がって高所の酸素を取り入れた方が良いといった思考も頭をよぎったが、既に立ち上がる気力も体力もなく、説明するだけの余裕もなかった。
体を動かしたせいか息苦しさが増し、オーベルシュタインは2本目の携帯酸素を開封した。吸ったところで短時間のうちに救助がなければ意味を成さない。気休めにしかならないという自分の言葉が、真実になろうとしているのだ。
「閣下」
と、再びフェルナーの声が聞こえる。もう振り向く気力さえなかった。
「ああ……」
最低限の返答で無事を告げる。このやり取りにも、じきに意味がなくなるのだろう。
「俺、閣下を守れなくて……許して……下さいね……」
「……ああ」
もういいのだ。部下も上官も関係なく、誰が誰を守るという事態を超えている。聡明なこの男であれば理解できているはずなのに、フェルナーはなぜか何度も謝罪を繰り返した。オーベルシュタインの意識も朦朧としてくる。フェルナーの言葉の意味を理解するまでに、しばらくの時間を要した。
「閣下に……俺の酸素……あげ……ま……」
部下の言葉が途切れる。荒い呼吸音が弱まっていた。
「フェルナー……」
返答がない。圧し掛かっている頭をそっと揺らすと、カランカランと未開封の携帯酸素がフェルナーの腕から落ちた。
「フェルナー!!」
オーベルシュタインは思わず叫んだ。目が回り、割れんばかりの頭痛に襲われる。喉を塞がれるような苦痛にもがきながら、オーベルシュタインは愕然とした。

馬鹿なことを!

フェルナーの頭を胸の前に抱え込んで、転がり落ちた酸素缶を開封する。意識を失った部下の口元へ当てながら、自分も大きく深呼吸する。失神した人間へ吸入して、どれほど効果があるのかは知らない。挿管しているわけではないから、大した意味はないのかもしれない。だが、願わずにはいられなかった。

頼むから吸ってくれ。
私は、卿を犠牲にして生きたいとは思っていない!

自分を守る必要などないと、言葉にしてやれば良かった。後悔の念が、僅かに残る理性を苛む。いざとなれば上官を殺してでも生きのびようとする男ではなかったか?不遜な態度で余裕綽々の笑みを浮かべる部下の顔が脳裏に浮かぶ。自己犠牲などという言葉が、もっとも不似合いな人間ではなかっただろうか。それを今更になって宗旨替えするとは、何を血迷ったのか。
様々な思いが脳裏を駆け巡り、部下の身体をぎゅっと抱きしめた途端、激しい息苦しさと眩暈に襲われ、オーベルシュタインの意識もそこで途切れた。


 次に二名が目を覚ましたのは、軍病院のベッドの上であった。上官の方が数日早く職務へ復帰し、遅れて復帰してきた部下へ向かって一言、「愚か者」という労いの言葉がかけられたという。今回の軍務尚書暗殺未遂事件も、これまでと同様、公式発表はなされなかった。


(Ende)

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お読み頂き、ありがとうございました。
フェルナーはそんな殊勝な事しない!とは思うのですが、ここはオーベルシュタインの動揺するところが見たかった(書きたかった)だけです(^^;
お粗末さまでしたm(__)m

2014年2月15日 (土)

「私はマキャヴェリスト」 (銀河英雄伝説 二次小説)

前回に引き続き、即興二次小説に挑戦しました。お題は「かゆくなる電撃」です。わけわからないよ、と思いながら捻り出したのが、まさかの恋愛話になろうとは。オーベルシュタインとヒルダの会話シーンはOVA参照しています。
いつもどおり、pixivと暁に同時掲載です。
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私はマキャヴェリスト


「フロイライン・マリーンドルフ」
ミュラーの帰還報告とシャフト技術大将の拘禁劇の後、散開した諸将を尻目に廊下へと消えた女性秘書官を、オーベルシュタインは静かに呼び止めた。
「総参謀長閣下、何か?」
ローエングラム元帥の秘書官ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは、姿勢良く振り返ると、プロフェッショナルらしい笑みを浮かべた。一見して才女という感があり、すでに評判になりつつある。その評価についてはオーベルシュタインも、異を唱えるつもりはなかった。物怖じせず意見を述べるあたりが、プライドの高い男たちの癇に障ることもあるようで、女のくせに生意気だとの陰口もちらほら耳にするが、実力ある者への嫉妬であるのだから、意に介する必要はないだろう。
正面から彼女の顔を見て、オーベルシュタインは瞬間、自分が何を言おうとしていたのか失念してしまい戸惑いを覚えた。僅かに視線を逸らして平静を取り戻す。
そうだ、思い出した。
「あのあと、フロイラインが宰相閣下にミュラーの寛恕を進言されたのかな」
オーベルシュタインがもたらした損害報告に、ラインハルトは確かに激怒していた。副司令官であるミュラー大将は間違いなく処断されるであろうと思われたのだ。それが今日になってみると、ラインハルトは負傷したミュラーに労りの言葉を掛けたではないか。誰かが、おそらくラインハルトのごく身近にいる誰かが、彼の怒りを宥めたに違いない。
「いいえ」
見当違いだったのか、彼の問いかけにヒルダの眉がきつく寄せられた。
「宰相閣下がご自身でお決めになられたことです。わたくしは何も申し上げておりません」
しかめた表情のまま、薄い朱色の唇が言葉を紡ぐ。
「それに、わたくしなどが申し上げて、翻意される方でもありませんでしょう」
やや俯いてかぶりを振ると、短い金髪が小さく揺れて、オーベルシュタインは眩しげに目を細めた。
「そうかな」
自然と口角が上がり、彼女の表情の変化を楽しむようになっていた。男のように短髪で、機能性重視の服に身を包むヒルダは、若い新米士官よりも遥かに頼りがいのある印象である。面白い女性だと、オーベルシュタインは思った。
「そうです。でも誰かが忠告したのだとしたら、あの方でしょう。キルヒアイス提督がいらしたのですわ」
キルヒアイス。その名前に彼の思考が止まる。ジークフリート・キルヒアイスはラインハルトにとって特別な存在だった。彼ならば確かに諫言し得るだろう。しかし既に故人であり、オーベルシュタインとて彼の顔を頭に浮かべて思考停止したのではない。ヒルダが彼の名を出し、寂しげな顔をしたのだ。「キルヒアイスでなければ、ラインハルトを翻意させられない」と。それは裏返せば、ヒルダ自身がその立場に身を置きたいということの表れではないだろうか。
オーベルシュタインの胸は、たちまち後悔でいっぱいになった。このような話などしなければ良かったと、女々しい気持ちになったのだ。
相手に嫌われようと、それによる嫌がらせを受けようと、日頃から彼は気に留めたことがない。だが無論、全ての人間に対してというわけではない。例えば彼の上官ラインハルトに対して、確かに歯に衣着せぬ物言いをするが、それは上官の自分に対する評価を承知しているからである。ラインハルトは元々、彼に友情や忠誠心を求めてなどいない。参謀としての能力やしたたかさ、自分には背負えない影の部分を担う者として、その存在意義を認められているのだ。であるならば、その役割を全うしている限り、自分の立場は安泰なのである。そのあたりの計算をした上で、彼は自らの言動を統制している。
翻って目の前の女性と自分の立ち位置に、確固たる定義はない。互いに論理的思考を持つ存在であることは認識しているが、論を戦わせたこともなく、また、そのような場もなかった。だが彼は、この頭脳明晰で冷静な思考を持つ秘書官に、好感を抱いていた。ラインハルトにとって「特別な存在」になるのは避けさせたいが、彼女個人だけを評価すれば、その頭の中身に惚れ込んでいると言って良いほどなのだ。だから、いつかは彼女と議論の場を持ちたいと望んでおり、彼女とであればラインハルトと話す以上に高度で知的な話もできるのではないかと考えている。そのために、彼女とは少なくとも敵愾心のない関係でいたかった。

そう考えて、オーベルシュタインは全身にむず痒くなるような電撃が走るのを感じた。
自分は彼女の能力に惚れ込んでいるだけではないのかもしれない。
能力を評価している者ならば、この元帥府にいくらもいる。しかし彼らに好意を求めたことはないはずだ。では、彼女にだけは嫌われたくないと思う、その理由は何だというのか。
オーベルシュタインは心の中で必死に首を振って、平常の自分へと戻ろうと努めた。誰よりもマキャヴェリストの自分へ。すると自然に、口からは彼女への揶揄が出た。
「フロイラインは存外ロマンチストのようだ」
ほのかに笑った自分は完璧な嫌われ者を演じきれたはずだと、後ろ髪を引かれながら踵を返した。廊下を進む己の足が、いつもより重い気がしてならなかった。


(Ende)

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ラインハルトがいつぞやヒルダに向かって、「知者は時に、同じ橋を渡るものらしい」と、ヒルダとオーベルシュタインの考えが似ていると指摘していました。そこで彼ら自身はどう思っていたのか、オーベルシュタインはヒルダをどう評価していたのか。皇妃としてではなく、ヒルダ個人として。そんな妄想から派生したお話でした。
お読みいただきありがとうございました。

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