2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

私の近くの社会福祉

2013年3月 8日 (金)

「私は三年間老人だった」の中に出てくる詩

最近、とあるきっかけで読んだ本です。

パット・ムーア著「私は三年間老人だった」

とても勉強になりました。著者は工業デザイナーで、20代の時にメイクと
服装を工夫して、老人として過ごしたそうです。その体験を綴った本。
のちに、ユニバーサルデザインの開発原点となったようです。

さて、この本の最後に、イギリスの老人病院で、とある老婦人の死後、
遺品の中から見つかった詩が紹介されていました。
介護職員の研修などにも用いられるので、関係者の方はご存じかと
思いますが、改めて、紹介する価値があると思い、記載します。

----------------------------------------------

何が見えるの、看護婦さん、あなたには何が見えるの
あなたが私を見る時、こう思っているのでしょう
気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、日常生活もおぼつかなく
目をうつろにさまよわせて
食べ物はぽろぽろこぼし、返事もしない
あなたが大声で「お願いだからやってみて」といっても
あなたのしていることに気付かないようで
いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる
おもしろいのかおもしろくないのか
あなたの言いなりになっている
長い一日を埋めるためにお風呂を使ったり食事をしたり
これがあなたが考えていること、あなたが見ているものではありませんか
でも目を開けてごらんなさい、看護婦さん、あなたは私を見てはいないのですよ
私が誰なのか教えてあげましょう,ここにじっと座っているこの私が
あなたの命ずるままに起き上がるこの私が、
あなたの意志で食べているこの私が、誰なのか,

わたしは十歳の子供でした。父がいて、母がいて
きょうだいがいて,皆お互いに愛し合っていました
十六歳の少女は足に翼をつけて
もうすぐ恋人に会えることを夢見ていました
二十歳でもう花嫁。守ると約束した誓いを胸にきざんで
私の心は躍っていました
二十五歳で私は子供を生みました
その子たちには安全で幸福な家庭が必要でした
三十歳、子供はみるみる大きくなる
永遠に続くはずのきずなで母子はお互いに結ばれて
四十歳、息子たちは成長し、行ってしまった
でも夫はそばにいて、私が悲しまないように見守ってくれました

五十歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました
愛する夫と私は再び子供に会ったのです
暗い日々が訪れました。 夫が死んだのです
先のことを考え――不安で震えました
息子たちは皆自分の子供を育てている最中でしたから
それで私は、過ごしてきた年月と愛のことを考えました

いま私はおばあさんになりました。自然の女神は残酷です
老人をまるでばかのように見せるのは、自然の女神の悪い冗談
体はぼろぼろ、優雅さも気力も失せ、
かって心があったところには今では石ころがあるだけ
でもこの古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて
何度も何度も私の使い古しの心は膨らむ
喜びを思い出し、苦しみを思い出す
そして人生をもう一度愛して生き直す
年月はあまりに短すぎ,あまりに遠く過ぎてしまったと私は思うの
そして何ものも永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです

だから目を開けてよ、看護婦さん――目を開けてみてください
気むずかしいおばあさんではなくて、「私」をもっとよくみて!

---------------------------------------------

この詩は私に初心を思い出させてくれます。

ケアマネはアセスメントをする時に、必ずその方の成育歴なども
お聞きします。それは、正に、この詩のように、「今」のあなたの
状態だけではなく、「生まれてからずっと生きてきた、継続する
人生の中のあなた」を見たいから。
だから育った環境や家族のこと、生活習慣や交友関係など、
細かく知りたいのです。
でも、聞き始めると凄く膨大な情報になるし、ついつい
必要最低限で済ませてしまう自分にカツ!

そして、そう、現場で食事介助なんかをしていると、
ついつい「時間までに食べてほしい」と焦ってしまう。
まるで、早く食べさせるのが優秀な介護者だと言わんばかりに。
何の「時間」なのだろう。学校でもないのに。
おおむね、「スタッフの交代時間」とか「昼休み」が
タイムリミットになってしまって、要するに、介護者の都合なのです。

一日の過ごし方にしてもそう。
出歩かずに座って、スケジュール通り一日過ごしてくれるのが、
手のかからない「良い利用者」。
気ままに出歩いて、こうしたい、ああしたいと訴えるのが、
「徘徊」して「妄想」や「幻聴」があり、「我がまま」な、
「問題のある利用者」。

そんな見方になっていないだろうかと、時々自分に問いかけなければ、
日々の忙しさに追われて、ゆっくりと慣れてしまいそうです。

課題や問題だけを見ないで、その人を丸ごと見なければ。
だって私たちは、その人の人生に寄り添うのが仕事なのですから。

2010年1月21日 (木)

恥ずかしいので

「恥ずかしいので介助できません」

隣の施設の利用者さん(男性)で、入浴サービスの必要性が高まった方がいて、こちらの施設でお風呂に入れてほしいとの要請がありました。

「お風呂をお貸しできますよ」

「うちの職員は女性ばかりで、恥ずかしいのでできません。そちらでやって下さい」

「……え?」


考え出すと色々と難しい問題ではありますが、とりあえず「恥ずかしいのでできません」というのは、プロとしてどうだろう?
最近、一番ウケたやりとりでした。

隣の施設は入浴サービスをやっていないので、職員もそういった雇用条件で雇われてはいないのです。ですから、そんな業務は受け入れられない!と訴えてもおかしくありません。でもそうでなくて、恥ずかしくてできないって……もうちょっとマシな言い訳をしたらいいと思うのですが(笑)

同性介助、異性介助、常に介護業界では問題になるところです。基本は同性介助です。けれど人員的な問題で、どうしても異性を介助することがあります。うちの施設の入浴サービス利用者は、みんな男性で、職員は女性のほうが多いのです。私たちは日常的に男性の入浴介助をしているわけです。
この場合、介助される利用者さんの方が「恥ずかしい」と感じるわけで(たぶん、同性、異性にかかわらず)、そちらの人権が重要視されています。一方、異性であろうが同性であろうが、他人の体を隅々まで洗ってあげなければならないという、過酷な労働条件であるにもかかわらず、それに見合った待遇を受けていない、我々福祉従事者の人権、という問題もあるわけです。ある意味、水商売に近い(あるいはそれ以上の)ことをやっているのに、お給料は最低賃金ぎりぎりなのです。
問題は山積みですが、とりあえず自分のところの利用者さんを、ほかの施設に丸投げしちゃうのは、やめておこうよ……と、私なんかが何を言っても無駄なのですけどね。

2009年10月23日 (金)

支援するとは?

担当の利用者さんは自分の親くらいの世代の方。
十数年前に交通事故にさえ遭わなければ、社会人として、私たちの大先輩でいたはず。
片手で一生懸命キーボードを叩く姿を、ふと横から覗き込んで、その手の甲に年輪を感じました。
そこには、やはり年相応の苦労を重ねてきた跡がありました。

私がこの方にできる支援とは、何だろう?

心身機能の維持とか、生きがい作りとか、ありがちな目標を立てているわけですが、安全に気持ちよくお風呂に入ってもらって、それから?
機能維持のために、「できることは自分でしましょうね~」なんて、子どもみたいなことを言われるわけですよね、子どものような年の私に。
その方にとっては、大きなお世話かもしれません。
それなら、利用日を楽しんで頂こうと、その方の好きな話題で話をしたとしましょう。
それでも良く考えてみると、大人が若者の話に合わせてくれているのでしょう。

私は何かを提供できているでしょうか?
教えられることはたくさんあるのに、何も返せていないような気がします。
返せないなら、むしろお風呂だけ使って頂いて、お帰り頂いたほうが、その方にとって有意義な時間を過ごせるのでは?などと考えてしまいます。

福祉施設である以上、必ず目標や計画を立てます。
例えば、歩行訓練をして、ひとりでトイレに行けるようになりましょう、とかですね。
高齢者でも障害者でも児童でも同じです。
目標がなければ、単調なダラダラとした支援になってしまうからです。
ですから、目標は支援の質を上げるために必要なものです。
けれど同時に、他人の目標を立てるということは、その人の人生の一部を作るという責任を伴うのだと思います。
言い換えれば、その方の人生設計を代わりにしてしまうわけです。
今の年齢、今できること、家族の状況、将来の予測、将来受けるであろうサービス。
その方のこの先、そして亡くなるまでのことを考えた上で、今できることは何だろう?
とても大切なことなのに、何だかよく分からなくなってきました。


いやー……福祉って深いですね!
いいのか、こんなまとめで(笑)

福祉財政は?

自民党は社会保障費の削減で、福祉財政も年々削ってくれていましたが、民主党に政権交代し、福祉の充実が掲げられました。

さて、わが施設も来年度予算要求の季節です。
市からは昨年以上に厳しいコメントです。
毎年必ず言われること。
「昨年よりは少ない要求をすること」
それって……いつかゼロになりますよ(笑)

ともあれ、政権交代しようと、末端は何も変わらないのだなと思いました。

削られた中に、隣の施設との交流音楽会(みんなのカラオケ発表会)用の予算がありました。今年から始まった行事で、私が担当していました。ものすごく大変だったから、来年やらなくていいなら、それでもいいんだけどなぁ……なんて腹黒いことを考えていましたが。

先日、デイサービス内でカラオケをした時に、利用者さんから「この曲はうまく歌えたから、来年の発表はこれを歌おう」という言葉が出ました。
そうですよね。今年あったら来年もあると思いますよね。
こうして何だかんだと楽しみにしてくれる利用者さんがいるなら、多少の無理をしてでも企画したいなぁと思うのです。
会場代と機材代なんて……自腹切ってあげたい!と思っちゃいますよね。
たぶん怒られるからできないけど(苦笑)

あの行事は二度と担当したくないなんて思っていた私が言うのもなんですが、
利用者さんの楽しみを減らさないでほしいな。

2009年10月10日 (土)

本当にバリアフリー?

バリアフリー?銀行の入り口(過去ログ)
http://happinesslog.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-74b7.html

↑でも書きましたが、バリアフリーって難しいですね。
最近の建物は、大抵が車椅子でも通れるように、段差がなくなっていますね。当たり前ですが、多目的トイレ(今は障害者トイレとは言わないみたい)があります。

先日、仕事で車椅子の利用者さんと買い物に出かけました。
いつもは10人乗りのワゴン車の運転席と車椅子席(一番後ろ)の遠い距離ですので、あまり話もできないのですが、マンツーマンでの外出だったので、軽自動車で出かけました。
色々話をしていましたが、一人で外出する大変さを改めて教えていただきました。

まず、坂。車だと分らない程度の坂でも、車椅子や自転車だとものすごく大変ですよね。
この道のこの部分は、ほんの少しの傾斜だけど、すごく長い坂から辛いんだよとか、ここは急坂に見えるけど、短いから助走をつければ大丈夫とか。まぁ坂ばかりは自然のものなので、バリアフリーと言われても難しいわけですが。

それと歩道ですが、田舎の歩道はまだ、バリアフリー化されていません。
歩道でバリアフリー?って思うでしょう?でも昔の歩道は、車道から一段上がっていて、店の入り口など車が出入りするところだけ低くなっているんです。商店街や繁華街の歩道を歩いていると、本当に1メートルもない上り坂や下り坂を、上ったり下りたり上ったり下りたり……。車椅子で走るのは不可能ではないけれど、それがさらに坂道だったりすると、ものすごく大変なのだそうです。ちなみに目の不自由に方にとってもストレスになります。
そして、歩道の微妙な傾斜。横の傾斜です。昔からある道だと、道路全体がちょっと左右どちらかが高くなっていたり……という感じです。車椅子が低い方にどんどん偏っていって、側溝に落ちそうになるとか、ガードレールにぶつかりそうになるとか。
歩道のない道もありますよね。車道との区切りに、一本線が引いてあるだけとか。あれは線の内側を通るには狭すぎるし、通れたとしても、道の水はけをよくするためなのか、端の方に少し傾斜があるのだそうです。

そして建物の中。段差がないところは増えました。けれど、可愛いお菓子屋さんとか、ちょっとお洒落な作りのお店の入り口は、大抵、可愛い階段が1,2段あります。まぁ、新しくて大きなショッピングセンターやスーパーに入ったとして、当然ながら段差はなく、2階以上あればエレベーターもあります。しかし、売り場の通路が狭い。大きな通りは問題なく通れるけど、実際の売り場の棚と棚の間は狭くて通りづらく、「入れるけど買い物できない」変なバリアフリーになっているところが多いです。それと、これは利用者さんと買い物をして気づきました。レジ台は低い位置にあって、車椅子の方も問題なく使えるのですが、レジを終えて商品を袋詰めする台が高い!大量のお菓子(皆さんのおやつ)を買った私と利用者さんは、袋詰めをしようとしましたが……台を見上げてる状態じゃ無理ですよね~。と、一人で必死に袋詰めをしました。ちなみに「いつもはどうしているんですか?」と尋ねてみたら、そんなに大量の買い物をしないから、大抵は店員さんが詰めてくれるそうです。
それと、トイレの案内表示。これは今日たまたま入ったお店です。お洒落な建物で、トイレの入り口は木製っぽい壁でした。トイレの男女別を示すマークは、白い線で女性と男性の人型が書かれていて、WOMENとMENという表示です。トイレのマークって、大抵は女性が赤いマーク、男性が青か黒のマークが相場なのですが、お洒落なつくりだからなのか、色が付いていなかったんです。私が見ても一瞬「え、どっち?」と思いましたので、子どもや知的障害者などには分かりづらいのではないかと思いました。

話を伺ったり一緒に出かけたりしてみると、自分の生活している場所が、驚くほど不親切で不便なのだなと感じました。バリアフリーですとうたっていても、本当にバリアフリーになっているのか?ちょっと考えさせられました。

もうちょっと住みやすい世の中になったら……仕事の半分がなくなるから、失業するかな!

2009年9月19日 (土)

とうとう来た!?障害者自立支援法の行方

友人とおしゃべりを楽しんで帰ってきたら、さっそくのニュースですよ。
厚労省が障害者自立支援法の廃止を表明。
「廃止?廃止なの?ねぇ、廃止なの?」
確かに民主党のマニフェストに掲げられていましたが、凍結、とかではなかったでしたっけ?

ここまでできてしまった体制を、廃止と言うのはなかなか大変なのではないかと思います。改正してくれればいいのに。
利用者の金銭的負担の仕組みを、応益負担から応能負担にするのが大きな目的のようですが、その部分だけの改正かと思いきや、廃止!?多くの施設を路頭に迷わす気ですか!?

まだ国会を通ったわけではないので、最終的にどんな結論になるのかは分かりませんが、現場に混乱のないよう進めてほしいと思います。

正直私は、民主党の「福祉充実させます」でも「負担は減らします」という、一見国民にとってウハウハなスローガンが嫌いです。両立できるわけがない。これまでの無駄遣いをなくしたとしても、そんな莫大な予算が湧いて出るとは思えないのです。最初の何年かは実現したとしても、いずれ予算が足りなくなって、削減されるか、増税されるか、どちらかなのではないでしょうか?数年後、数十年後を見据えて判断していただきたいものです。

2009年1月 8日 (木)

線を引くということ

75歳以上を後期高齢者と呼んで線引きする制度を、国が作りましたよね。その是非はともかくとして、うちの職場でもそういった線引きがあります。

障害者施設ですので、身体障害者手帳ないしは療育手帳(知的障害)を持っている方が利用されています。ところがこの方たち、年を取っていくわけですが、いったいいつまで障害者向けサービスを利用するのか?高齢者向けの医療的ケアの必要性がかならず出てくるはずですが、どこから高齢者向けサービスに切り替えるのか?
往々にしてこの辺は適当に放っておかれ、いざ対応できなくなった時に、他のところに移って下さいと言うのが、世の中です。

法律では、障害者に関する法律よりも高齢者に関する法律を優先しなさいと明文化されています。何かサービスを利用する場合、障害者なら障害者自立支援法、高齢者なら介護保険法が適用されるわけで、自立支援法は20歳から(それまでは児童の区分)、介護保険法は65歳から(特定疾病なら45歳から)の適用です。自立支援法<介護保険法ということならば、65歳になったら介護保険法に従いなさいと、そういう風に解釈できるわけです。

私の担当の利用者さんが、昨日で65歳になりました。もちろん以前からお家の方には説明してありましたので、介護保険の手続きをしてもらい、介護認定が下り次第、うちの施設を退所してもらいます。本人には知的障害がありますが、大まかな説明は理解できるようです。信頼関係を築くまでに2年くらいかかりました。何度も拗ねられて試されて、その度に修復して、ようやく些細なことでは動じずに過ごしていけるようになりました。前の施設ではトラブル続きで、ようやくその傷を修復できたようです。家庭でも大きく荒れてしまうこともなく、お家の方いわく、本人の人生の中で一番落ち着いている時期だそうです。本人からもお家の方からも、1日でも長くこの施設を使いたいと切実に訴えられました。もちろん、いずれどこかで線を引くことは必要になりますし、面倒を見られなくなってから「はい、そろそろ出て行って下さい」と言うより、初めから65歳までと定めておいた方が親切のような気がします。それに、定員にも限りがありますから、養護学校を卒業した若い方を受け入れるためにも、そのような仕組みは必要です。
私の信じるところには微塵の揺るぎもありませんが、不安いっぱいで涙ぐむ本人と家族を前に、退所申出書の提出を催促する自分が、何だか酷く冷血漢に思えてなりません。本人に混乱がないように、次のサービスにスムーズに引き継いであげることが、今の私にできる精一杯のことなのです。

どうか明日の太陽も明るく輝きますように。

……天気予報では雪ですというツッコミはなしです(^-^;

2008年11月13日 (木)

日本の福祉の方向性

ごみステーションにかけられた笠が、まだありました。ゴミ捨て場の看板(収集日とか書いてあるやつ)に笠をかぶせつづけるような、おおらかな社会がいつまでも続いてくれるといいですね。

日本は今、どんな方向を向いているのでしょうか。麻生氏の定額給付でしたっけ?あれも、どれだけの経済効果をもたらすのか疑問を禁じえません。お金をもらったところで、うちのような田舎なら特に、少し足を延ばしてでも、大型の安いスーパーに買い物に出かけます。地元の商店街の利益にはつながらず、結局、大きなところに利益が集中する一方、小さなお店や会社との格差が広がり、あまり助けにはならないのではないかと思うのです。

福祉制度、あれこれ見直されて法律もできましたが、日本はどのような方向に向かっているのでしょうか。アメリカのような自主自立でしょうか。それとも、スウェーデンにような高負担高福祉でしょうか。なんとなく、高負担低福祉に向かっているようで、首をかしげてしまいます。
アメリカは基本的に、強制的な拠出をせず、サービスはほぼ全額自分で購入しますよね。医療もそうです。健康保険がないので、全額負担です。何事も自分の責任。ただし、福祉は慈善活動ではなく、れっきとした商売であり、福祉従事者は専門家としてのプライドを持ち、質の高いサービスを提供してくれます。
スウェーデンは、税金が驚くほど高いのです。日本人なら怒り狂いそう(笑)けれど、確実な保証があります。老後の心配の必要がなく、払った税金の分、安心して福祉サービスを受けることができます。

日本は一体、どちらに向かいたいのでしょうか。どちらでもないとしたら、何か独自の路線を計画的に見つけることができるのでしょうか。そして、われわれ国民も覚悟しなければならないのだと思います。負担なしで良いサービスを受けることはできません。お金は無限には湧き出てこない。いくら国が無駄な経費を削っても、国民全員を手放しで幸せにすることはできないのです。税金として負担をして、将来の安心を買うのか、必要なサービスだけをその時に買うのか。……少なくとも我々は、議員や官僚の食事代やら旅行代のために納税はしていませんがね!

2008年11月 9日 (日)

障害者自立支援法Part3

ぐれ: 何年越しの支援法解説か!

ゆい: (゚Д゚)ハァ? のっけから喧嘩売ってるの?

ぐれ: い、いやいや……気のせいです、ゆい嬢(俺は間違ったことは言ってねぇぜ)

ゆい: さて、お待たせしました。障害者自立支援法のサービス体系について、ですね(ニコッ)。自立支援法Part1Part2もご参照くださいませ。

---------------------------------------------

ゆい: 自立支援法で定められた様々な障害者支援サービスは、大きくわけますと、介護給付訓練等給付地域生活支援事業の3つに分類されました。その他、補装具給付事業自立支援医療がありますが、これはその名のとおりでもありますので、後ほど解説いたします。

ぐれ: さっそくシツモーン

ゆい: ハイ、ぐれくん

ぐれ: 介護とか訓練とか言われても、何がなんだかわかりませーん。

ゆい: しらべr(自粛)。……えーとですね、確かにたくさんのサービスがあります。まず、居宅(自宅に居住されている方向け)のサービスから考えていきましょう。

ぐれ: ホームヘルパーとかだね。

ゆい: そうです。とりあえず、従来のホームヘルプが、目的別にいくつかに分類されました。家事援助等を行うホームヘルプ事業、体の不自由な方の外出を助ける移動支援、知的障害者で危険回避等ができない方の外出及び家庭内での行動を助ける行動援護、そして、重度の肢体不自由者への食事や入浴等の援助をする重度訪問介護の4つに分かれました。

ぐれ: へぇ~。それぞれ専門化されたんだね。

ゆい: そうですね。ただ不便なのは、ホームヘルプとして例えば4時間、サービスを利用すると、その間の外出はできません。移動支援や行動援護のサービスを受けていないからです。

ぐれ: うぅむ……。そんなものなのか。

ゆい: さて、次に施設のサービスですが、通いなら、デイサービス、作業所、授産施設、福祉工場というのがありましたし、入所型なら、療護施設、更生施設、通勤寮、福祉ホーム、生活訓練施設、グループホームなどがありました。

ぐれ: 過去形だね。今は違うの?

ゆい: これもガラッと変わりましたね。上に挙げたすべての施設は、それぞれの特徴に沿って、以下のサービス事業に移行しなければならなくなりました。療養介護、生活介護、自立訓練、就労移行支援、就労継続支援、施設入所支援、重度障害者等包括支援、グループホーム、ケアホームです。

ぐれ: 多すぎっΣ(・ω・ノ)ノ!

ゆい: 列挙するとね(汗)。
 ① 療養介護 医療的ケアと介護が必要な方向けのサービス
 ② 生活介護 常時介護が必要な方向けのサービス
 ③ 自立訓練 身体的な機能訓練や、生活に必要な様々な訓練を受けて自立したい人向けのサービス
 ④ 就労移行支援 将来的には一般企業への就職を目指している方へのサービス
 ⑤ 就労継続支援 一般の就職は難しいけれど、少しでも仕事をしたい方へのサービス
 ⑥ 施設入所支援 施設に入り、完全介護を受けたい方へのサービス
 ⑦ 重度障害者等包括支援 重度の障害者を包括的に支援するサービス(説明になってないな・笑)
 ⑧ グループホーム 就労または就労継続支援等を受けている方で、自立した生活をするために相談や援助が必要な方への、小集団・世話人のいる居住サービス
 ⑨ ケアホーム 生活介護や就労継続支援等を受けている方で、食事や入浴などで日常的に介護が必要な方への小集団・世話人のいる居住サービス

ぐれ: はぁ~~~つД`)

ゆい: これまであったすべての施設は、この①~⑨のどれかに移行しなければいけないわけなんです。何を選んで、どんな特色を出すのか、それぞれの施設が今問われているのですよ。ちなみにこれまで挙げたうちの③、④、⑤、⑧のみが訓練等給付で、ホームヘルプ等も含め、残りのすべてが介護給付です。

ぐれ: んーーー。あのさぁ。

ゆい: ん?

ぐれ: うちの施設もそうだけども、これまで「作業所」としてやってきてもさ、いろんな人がいるじゃん?たとえば就労移行支援に移行したいと思っても、人によっては就労移行に向かない人もいるんだが。

ゆい: そうだね。そこでこの法律では、一応、生活介護、自立訓練、就労移行支援、就労継続支援の4つに限り、その中のいくつかを同時に行う、小規模多機能型のサービスを行っても良いとされているんです。もちろん、色々な制約はあるけれどね。それと、地域生活支援事業というのがあります。これは、国からの補助金が出ないけれども、県と市が(金銭的に)頑張ってくれるなら、色々なことのできるサービスです(要するに何でも屋みたいな扱いです、現状は)。

ぐれ: う、うちが移行してようとしている地域活動支援センターって……

ゆい: 地域生活支援事業ですね。でもこれは、上記の①~⑨のどれかに移行させていくのが最終的な目標のようですよ、国としては。

ぐれ: 移行して、また移行するってか!つらい……(施設職員の本音

ゆい: さて、介護給付、訓練等給付、地域生活支援事業に関しては、この辺にしておいて、疲れたので、最後に補装具給付事業自立支援医療について、ちょっとだけ。

ぐれ: あ~あ、投げ出した(笑)

ゆい: ついでにもっと投げ出して、ぐれくん、よろしく

ぐれ: よし、おれの出番だぜまず補装具給付事業だが、これは補装具、つまり、杖や歩行器、車椅子、補聴器、義眼など、身体的な障害を補完・代償するものを、一割負担で作ってやるぜ、というサービスだ。

ゆい: あっさりまとめた(笑)

ぐれ: で、自立支援医療だが、これは以前の3つの医療制度が統合されたものなんだ。

ゆい: 育成医療、更生医療、精神障害通院医療の3つだね。

ぐれ: そこだけ太字で色つきかよ(笑)

ゆい: うちのサイトにとって大事なところだからね

ぐれ: 育成医療というのは、身体に障害のある子どもや、将来的に障害が残ってしまうと思われる病気を持つ子どものうち、比較的短期的な治療で治る見込みのある子どものための制度で、家庭の経済状況に応じて援助してくれるものだった。自立支援医療に統合された時に、一律一割負担になったがな。

ゆい: だね……。

ぐれ: 更生医療とは、身体障害者のうち、治療によって確実な効果が期待できる人への制度だ。これも応能負担(所得額によっての負担)だったが、一割負担になった。

ゆい: うん……。

ぐれ: そして最後が、精神障害通院医療だ。精神疾患があり、継続して通院治療の必要とされる人に対して、国が通院治療費の95%を支給してしまおうと言う画期的な制度だった。それで、多くの地方自治体が独自に、残りの5%を負担していることにより、患者はほぼ無料で医療を受けることができていたが……

ゆい: 一律一割負担になったため、地方自治体の援助も続くかどうか……?という状態になっていますね。

ぐい: 医療制度は他にもたくさんあるのに、なぜこの3種類を統合させたのか、国ははっきり説明しなかったが、おそらく一番財政を圧迫していたところから削ったのではないかと……(以下自粛)

ゆい: ともあれ、障害者自立支援法によって定められたサービスは、以上のようになりました。次回、もし管理人にやる気があれば、「サービスの支給決定と障害程度区分」についてお話したいと思います。

ぐれ: あくまで曖昧だな。

ゆい: それでは、またお会いしましょう~~~(o ̄∇ ̄)/

2008年11月 5日 (水)

「誰かがやるだろう」

今日、担当の利用者さんの個別支援で、電車を使った外出訓練を行いました。電車で30分ほどの高崎市。私にとっては目新しいこともない場所ですが、利用者さんにとっては全てが珍しく、目を輝かせていました。

その内容は置くとして、帰りの電車に乗る前のことです。高崎駅構内で、少し(というか大分)足元のおぼつかないおじいさんを見かけました。目の隅に映ったので思わず振り返って、「あの人、一人で大丈夫かしら?」と思いながら見ていると、壁やら立ててあるボードにつかまって、かろうじて立っているという様子。ボードが動いてしまい、転倒の危険があると感じました(仕事柄……)。おそらくパーキンソン症状と思われる、非常に小刻みな足の運びと顎の突き出し方をしていました。服装はトレーナーとスウェットのズボン、白い上履き(学校用みたいな)、白い帽子。どこかの施設からの脱走かなと思い当りました。

そんな様子を見ていたのはほんの数秒だったのですが、私のそばにいたサラリーマン風の男性も振り返って見ており、「あれは駅員を呼んだ方がいい」とか「どうして駅員が気付かないんだ」とか言っていました。だったら呼んできて下さい……と言いたいところでした。何しろこちらも利用者さんを連れていて、そうそう迅速には動けないし、おじいさんに手を貸して、利用者さんがはぐれてしまっても困る……と、1,2秒考えました。が、男性も動く気配なし。なんだかなぁ。それでも立ち止まって振り返ってくれただけありがたい!と思い、とりあえずその場をサラリーマン風の男性に任せて、利用者さんの手を引いて改札まで走りました(笑)
駅員さんに事情を話すと、どうやら問い合わせがあったようで、目下捜索中だった模様。先ほどのサラリーマン風の男性が、向かってゆく駅員さんを案内してくれ、無事保護してもらえたようでした。

しかし、確かに通路の隅の方で起こっていた出来事でしたが、平日の昼間とは言え、そこそこの人通りがあったにもかかわらず、誰一人歩みを止めなかった恐ろしさ。何より、あんな状態でどうやって駅の中まで入ってきたのか。そして、なぜそこまでの間に、誰も声をかけなかったのか!

田舎だと、そういうことって少ないんです。ちょっとでも様子がおかしいと、「どうしたの?大丈夫?」と、少々お節介なくらい声をかけるんです。なぜでしょうか。特別、田舎だから情が厚いというわけではないのだと思うのです。人通りが少ないから、却って恥ずかしいとも思わずに声をかけたり手助けをしたりできるのではないのでしょうか。それに自分が手助けしなければ、下手をしたら誰にも気づかれずに死んでしまう!(大げさですが)という危険も、人の少ない田舎にはあるのです。
一方、高崎は都会とは言いかねますが、少し人通りが多いと、まず、「誰かがやるだろう」という心理が働きます。加えて、少し特別なことをするには、周囲の目も気になります。したがって、自分に関係のないことなら、見なかったことにした方が、手間としても楽ですし、精神の緊張を経験しなくても済むので、ただでさえ多いストレスをこれ以上増やさなくて済む、ということになるのではないかと思います。また仮に、誰も手を貸さずに、その方が急病のため亡くなったとしても、確かに後味は悪いかもしれませんが、「なんだ、みんな助けなかったのか」と、罪をみんなになすりつけることもできるわけです。

だから都会の人は冷たいとか、田舎の人はいい人だとか、そんなことを言うつもりはありません。私たちも日頃、「誰かがやるだろう」と思って素通りしていることがたくさんあると思います。もちろんそれでいいのです。それでも毎日が無事に過ぎて行っています。でも、おじいさんが必死に歩いてきた道のりの長さを想像すると、改めて、「誰かがやるだろう」の結果を見せつけられたように感じました。